今日は大学の入学式
県内だが田舎からは何時間もかかる為、大学の近くで一人暮らしを始めた
私、石森真由香(いしもりまゆか)
田舎の漁師町には大学がない為、県の中心部にある大学を受験して合格したのだ
上京も考えない事はなかったが、とりあえずなりたい職業の資格が取れる1番近い大学を選んだ
母も田舎から入学式に出席をしてくれて、やっとアパートに帰ってきたところだ
「じゃあ、お母さんは帰るね、体には気をつけてよ」
「うん、入学式に来てくれてありがとう
お母さんも帰り気をつけてね」
「智也(ともや)くんが駅まで迎えにきてくれるって言ってくれてね、甘えることにしたよ」
「智也が?」
「うん、お母さんが1人になるからかね〜
真由香が引越しをしてからよく顔を出してくれるよ、いい子やね」
いい子って、いつまで智也はお母さんの中で子供なん?
「まあ、智也は昔から優しいけど……
あんまり無理言っちゃだめよ、親戚でもないんやから」
「わかっとるけど、声をかけてくれるのはやっぱり断れんやん」
まぁ確かに田舎はそんなもんだ
真由香は家から近くのタクシー会社を携帯で探し1台呼んだ
暫くするとタクシーがやってきて○○駅までと伝えてお母さんを見送った
真由香は母親が帰るとスーツからラフなパンツスタイルに着替えた
さて、今日の夕食は何にしよっかな
普段から実家でも料理をしていた真由香は1週間前に引越してきてから毎日自炊をしている
今日は入学式だったしスーパーの握り寿司でも食べよっかな〜
作るのおサボりしちゃおっと
一人暮らし用の小さい冷蔵庫を開ける
田舎の実家は海が近くて父親も漁師だ
家の冷蔵庫とは別に冷凍庫専用のもあった
なるべく買い物も抑えたいが冷蔵庫の小ささからそんなにたくさん入らない
「卵は買っとかなきゃな〜
後は大学の講義によってお弁当とかも考えて
学食もそういえばあるんだったな」
一人暮らしを始めてから独り言が多くなった
真由香はアパートを出て近くのスーパーへ出かけた
色々店内を回ったが結局今日は握り寿司と卵を買って店を出た
あっ、こんな所に公園がある
スーパーから家までは10分も歩けば家に到着するが引っ越してきたばかりだし今日はたまたま荷物も軽い
前とは違う道を通ってみると公園を見つけたのだ
公園に入ると意外と広い公園でランニングや散歩をしている人も多くいた
公園の配置図を見ると子供が遊べるような遊具のある場所や季節の花も見れる花壇などがあった
ここなら運動もできそう……
真由香の体つきは細いながらも田舎で鍛えられたふくらはぎや太ももにも筋肉はばっちり付いていた
昔から色々な部活や運動をしてきて体を動かすのが大好きな女の子だった
大学でも何か体を動かすサークルか運動部に入りたいと考えている
というのも真由香の選んだ学部は教育学部
真由香は体育の教師になりたいのだ
公園を少し歩いていると
「ココア〜待てよ!」
男の人の声がした
見ると少し前に小さな犬が走っている
リードを引きずりながらご主人様を振り切って走っているのだ
真由香はしゃがんで犬の前に手をかざし
「ココア、ステイ」
と言ってみた
ハァハァと息をしていたココアは止まって真由香の手のひらを舐めた
ちゃんと躾は出来てる……
「おすわり!」
ココアはおすわりもできた
「いいこだね〜よしよし」
真由香はココアの体をクシュクシュと撫でた
「すみません!ありがとうございます」
追いついてきたご主人様はすぐにリードを持った
ハァハァとココアと同じように息を切らしている
ココアはシッポを振って真由香の手をずっと舐めていた
「いい子だったね〜ココア」
ココアの頭をヨシヨシと真由香はなでる
「大丈夫ですか?」
真由香はしゃがんだまま顔を上げて飼い主に声をかけて見た
わっ!かっこいい人だ……
飼い主は真由香の前にしゃがみ同じ目線になった
「ココアを止めてくれてありがとうございます」
にっこり笑った
「い、いえ……」
爽やかな笑顔に真由香は少し照れて、思わず目を反らせてしまった
「さっきゆっくり歩いてたら他の犬に吠えられてびっくりしたみたいで急に走り出してね
僕まで驚いてリードを離しちゃって……
申し訳ない」
しゃがんだまま頭を下げた
「いえ、名前が聞こえたので呼んでみただけです
実家でも犬を飼ってますから
可愛い小型犬ですね」
そう言うとまた顔を上げたその人は笑顔だった
少し胸がキュンとなったような気がした
「いつもは妹が普段は世話をしていてね
まだ僕にあまりなれてなくて……
今日は用事があって頼まれちゃって」
リードを持っていた手を頭を掻くように上にあげたからココアはびっくりして真由香に飛びかかった
「キャッ!」
グチャ!
「あっ!」
驚いた真由香はココアに飛びつかれて尻もちをついた
そして持っていた荷物を離してしまった
卵が……
2人は買い物袋を見るとゆっくりと液体のしみが広がっていく
「わ〜すみません!すみません!」
笑顔から一転心配そうな顔になる
「大丈夫ですよ」
真由香がそう言うと飼い主は真由香の片手を持ち立たせてくれた
えっ!?
ふわっと体が軽くなってすぐ立ち上がれた
「怪我はしてない?大丈夫ですか?」
と声を掛けられ
「あっ、はい」
と答えると手で服をはたいて汚れを落としてくれる
でも尻もちをついたから汚れてるのはお尻な訳で……
「本当にすみません!すみません!」
と謝られているものの真由香は初対面の人にお尻を触られているのだ
故意ではないのはわかる
「あの……もう本当に大丈夫ですよ」
と声をかけた
「あっ!すみません…女性なのに失礼しました」
ようやく自分がお尻を触っていたのに気づいたようで……
ペコペコとまた頭を下げ始めた
そしてポケットからナイロンの袋を出して買い物の袋を入れ2重にする
「卵……割れちゃいました、弁償します」
誰が見てもイケメンというであろう男の人は申し訳なさそうに荷物を見ていた
真由香は袋を覗く
「大丈夫ですよ、全部割れたわけではないので気にしないでください」
「でもお寿司も寄って……ぐちゃぐちゃだ」
「多少寄っても食べれますよ」
「いや、申し訳ないです
1人前?一人暮らしですか?
あっ、こんな質問いきなり会った人に失礼ですよね……
すみません、すみません」
腰の低い人だ
「あの…」
「はい?」
やっと相手とちゃんと目があった
「そんなに謝らなくても別に怪我とかはしていないので本当に大丈夫ですよ(笑)」
何か最初にかっこいいと思ったけど謝る姿はまるで実家で飼っている犬のようで……
この人が可愛くみえてきた
「あっ、ごめん……あっ、また謝っちゃった」
言い方が違うだけだ(笑)
真由香はおかしくて笑ってしまった
しっかりと大丈夫ですともう一度真由香は言った
でも真由香は可笑しくなってずっと笑ってしまっている
「笑ってすみません
はい、この近くの大学生です
今日入学式で(笑)」
そう言うと少し落ち着いてきたようで
「新入生なんですね、ようこそ!
僕は3回生です」
またペコリと頭を下げられた
「じゃあ先輩ですね!よろしくお願いします」
真由香も頭を下げた
「こちらこそよろしく、楽しい学生生活を」
と話した先輩は服のポケットを何やら探しているようで……
「あ〜急いで出てきたから携帯も財布も忘れてきたようだ」
代わりにナイロン袋がもう1枚出てきた
「ナイロンこそ1枚でよかったのでは?
あっ、でも結果よかったですね(笑)」
「え?」
「だって私のに使ってこの後ココアがウンチしたら入れるものがいるし……
ねっ?先輩」
「そうだけど、君に弁償出来ない」
はぁとため息をついていた
「大丈夫ですって、気にしないでください」
「いや、僕が気にするよ
ココアが無事だっただけでもお礼をしなくちゃいけないのに……
あっ、そうだ、あのさ」
「はい?」
「明日もこの公園に来れるかな?」
「まあ、家から近いんで……」
「夕方の6時とか大丈夫かな?
お願いします、来てください!」
「そんな、頭をあげてください」
先輩はそう言っても頭をあげてくれなかった
新手のナンパ?ではないよね
少しの疑いもありつつ、信じていいのかな?
「……わかりました、来ます」
と真由香は返事をした
「本当ですか?」
先輩の顔が嬉しそうにぱっと明るくなった
「はい」
「ありがとうございます、じゃあまた明日」
ココアと一緒に走って行ってしまった
かっこいい先輩だったな
腰が低くて新入生と分かっても時々敬語が出たりして、真面目なんだろうな
少しドジなところも可愛かった(笑)
しばらく帰っていった方向を見ていたが
真由香は卵に気づき急いで家に戻った
そして無事だった卵でかき玉汁を作り、形のくずれたお寿司も食べながらさっきの事を思い出していた
こっちに引っ越してきてからまともに人と話したかもなぁなんて……
夜、布団に入ってからも思い出して1人笑いをしてしまう
楽しかったと目を瞑り眠りについた