そしてまた息を吸うと、自然と心臓の音もゆっくりになっていった。
「……彼方くんはね、わたしが小さい頃に読んでた絵本のなかの王子様に似てたの」
「俺が?」
「うん」
わたしを導いてくれた王子様。
自分の部屋の棚の真ん中に置いてある絵本。
その内容は、思い出すなんてことをしなくてもいいくらいに脳裏に染みついている。
ーーーー………ある日、切り株のそばで泣いていたお姫様に出くわす王子様。そのお姫様は飼っていたペットが亡くなってしまって悲しんでいた。
すごく大事にしてたから家族のショックも大きくて、家からは日に日に笑顔がなくなっていって。どうすれば、みんなの笑顔が戻るかわからないって泣いていたお姫様に王子様が言う。
『まずはきみが笑ってみるんだ。そうすれば、自然とみんなも笑ってくれる。笑顔はまわりに広がっていくものなんだよ』
普通だったら、へぇ…くらいで流し読みしてしまうかもしれない。
だけど、あの頃のわたしには……、お母さんを亡くしたわたしには、大きく響いた言葉だった。
家の空気は最悪だった。誰ひとり話さない、話せない。
お父さんが夜中にお酒を飲んでお母さんの写真を眺めながら悲しい顔をするのがいやだった。弟の由都が毎晩、膝を擦りむいて帰ってくるのがいやだった。
完全に元には戻らないけど、どうにかして、みんなを笑わせたかった。
そんな時、その絵本を読んだ。