夜も更けて、外には満月が出ていた。

 時刻はとっくに日付が変わっている。眠れない目を開き隣を見れば、気持ちよさそうな寝息が聞こえた。

 まだ幼さの残る女性は、つい先ほどまで眠れないとばかりに寝返りを繰り返していたが、ようやく眠りについたらしい。男と同じベッドで寝るだなんて緊張でなかなか寝付けなかったのだろう。

 私は起こさないようにゆっくり上半身を起こし、その安らかな寝顔を見て微笑んだ。子供の頃から変わらない顔立ちに、懐かしさを覚えた。

 突然の展開で私の妻となり、今日こちらへ嫁入りした。先日大学を卒業したばかりの彼女は、緊張した面持ちでうちに入り、夜はガチガチに固まってベッドの上で私を迎えた。

 その姿を見て胸が痛んだ。ああ、好きでもない男に抱かれることに酷く緊張していたのだなと嫌でも感づく。

 元々優しく周りに気を遣う彼女だったが、自分の家と姉のために結婚を立候補するだなんて、勇気のいることだったろう。

 ふと隣を見ると、音を切っていた私のスマートフォンが光っていた。それをそっと手に取り、ベッドから降りる。すやすやと眠っている顔を今一度確認し、私は寝室から出た。

 そのまま玄関まで向かい、さらに外へ出た。やや冷える肌寒い夜だったが、そんなことすら気にならなかった。

 握りしめた電話を片手に庭へ出、満月の下にある木陰にもたれかかる。

 機器を操作し、耳に当てる。先ほどこちらに電話をかけてきていた相手は、すぐに反応した。

『もしもし? ごめん、寝てた?』

 聞き覚えのある声が耳に届く。私は小さくため息をついて答えた。

「起きていたよ。寝れるわけもない」

『初夜だったものね』

「くだらないことを言うな。
 綾乃」


 
 私の元・婚約者だった。