「まだ起きていたの、寝ててよかったのに」

 彼はそう笑った。サラリと言われたその言葉をきき、戸惑いを覚える。

 だって、そんな。先に寝てるだなんて、そんなこと、できっこない。

「い、いいえ……そんなことできないです」

「…………」

 俯いて言った私の隣に彼は腰掛けた。ベッドのスプリングが揺れる。再び心臓がうるさいほどに高鳴る。緊張で横にいる蒼一さんの顔を見上げることが出来なかった。

 どうすればいいのだろう、いや、待ってるしかできない。蒼一さんから……

「……ごめんね、こんなことになって」

 ポツンと言った声が聞こえる。はっとして顔を上げた。

 蒼一さんは寂しげに微笑んでいた。それは見ているこちらが苦しくなってしまうほどで、彼が何に対して謝っているのだろうと戸惑う。

「え?」

「まだ二十二の咲良ちゃんが、年の離れた僕と結婚することになるだなんて。あの時、お互いの家のことを考えて君が立候補したのはとても勇気がいったと思う」

「そんな、私」

「安心して。僕たちは形だけの夫婦でいいんだよ。無理に咲良ちゃんに触ったりなんかしない。だからそんなに緊張しなくていい」


 心が、止まった。


 優しいと見えて残酷な言葉を吐く。私は息をするのすら忘れて蒼一さんを見つめた。

 彼は大丈夫だよ、とばかりに私の頭を撫でた。子供の頃からよくそう可愛がってくれて、その行為が今まではとても好きだったのに、今はただただ悲しい行為に思えた。結婚相手にではなく、それは妹に対して行う行為だ。

 胸にぽっかり穴が空いたような感覚に包まれる。全身が重く、心が痛い。緊張で熱くなっていた体は急に冷え込んだように感じた。

 結婚したのに、私は彼に触れては貰えない。

 やっぱり彼は私を妹としか見ていないんだ。痛感させられる。こんな子供っぽい私なんて、彼には何の魅力もないのだろう。それにきっと、この人の胸の中にはまだお姉ちゃんがいるから。

 目に涙が浮かぶ。あなたの胸の中にお姉ちゃんがいたとしても、それでも側にいたかったとなぜ言えないのだろう。お姉ちゃんの代わりでもいいからどうかちゃんと夫婦になりたい、とどうして言えないんだろう。

 それはこの気持ちが蒼一さんに知られて拒絶されるのが怖いから。

 涙を流した私を見て、彼は笑った。私が安心して涙したと勘違いしているようだった。

「形だけの夫婦でいい。咲良ちゃんは好きにやっていけばいいんだから」

「わ、たし……」

「君はまだ若くて素敵な子だから。なのに、こんな形になってごめんね」

 苦しそうに何度も何度も蒼一さんは私に謝った。謝る必要なんてないのに、繰り返す。

「大丈夫だから。咲良ちゃんは何も心配しないでね」

 その広い胸に飛び込んで行けたらどれほど楽だろうか。

 あなたがどうしても欲しかった。でも、形だけの夫婦となっても心も体も手に入らない。

 彼のために磨き抜いた肌は虚しく、どこか寒く感じた。一人緊張してドキドキしながら座っていたこのベッドもひどく滑稽に思える。

 私たちは書類上だけの夫婦となったのだ。