「ねぇ、なにお願いしたの?」

黒のロングコートを着て、マフラーを巻いた横顔に話しかけた。

『ん?それは言ってしまったら叶わないんじゃないか?』

冷静に答えながらこちらを向いた恒星。

なんだか最近、さらに逞しくなったような…

「そうなの?ま、いっか。おみくじ引こうよ!」

そう言って手を取って歩き出した。

私達は今、初詣に来ている。地元では結構有名な大きな神社だ。

お参りを終えたら、おみくじ引いたり、出店で食べ歩きをするのが恒例だ。

今年、初めて彼氏と一緒に来たわけだけど、どうやら恒星の方も彼女と来るのは初めてらしい。

なんでも、初詣は地元の小さな神社に毎年行ってたんだとか。



おみくじを1枚ずつ受け取ったら、せーので開く!

「おお!」

『おお!』

ハモっちゃったw

なんと2人とも大吉だった!

「新年早々気が合ったね」

『そうだな』

優しい微笑み。好きだな、この顔。

早速おみくじの内容を読む。

大吉だけあって、良いことばかり書いてあったけど、中でも

恋人:何があっても離れるな

と。おみくじなんてって思うけど、なんかこれだけはやたらと目をひいた。

「ねぇ、これ、どう思う?」

見た瞬間、恒星の顔が一瞬強張った。

どうしたんだろ?

『あ、あぁ。』

私としては、ほんの冗談っていうか、深い意味はなかったんだけどなぁ。


その後はちょっと食べ歩きしたり、神社をゆっくり見て回った。

恒星は、別にいつもと変わらない様子だったけど、なにか言いたそうな感じもする…

けど、例えばだけど、もしも恒星が私と別れ話をしようと思ってるなら、初詣なんで一緒に来ないだろうし。

私は恒星という人を心から信頼しているので、言うべき時が来たら、きっと言ってくれるだろうと思うことにした。




恒星が、真剣な空気を纏って私に話しかけたのは、それから少し時間が経った頃。

ちょうど、神社の敷地を出るところだった。

『結』

恒星が急に立ち止まるので、私が2、3歩前を行く形になった。

「ん?」

振り返って聞いた。

相変わらず、真っ直ぐに私の目を見ていた。かっこいい。けど、そんなことを言ってられる雰囲気ではなさそうね。

『話がある』

少し緊張した。

「うん。」

『家に来ないか?』

いいけど。

「私の家に来てもいいよ?近いし。ゆっくり話したいんでしょ?」

少し困り顔になる恒星。

『ありがたいけど、新年早々だし』

あぁ、そういうことか。

「大丈夫よ。今日は、誰もいないから。」

意外そうな顔に変わった。

『そうなのか?』

「うん。両親は旅行に行ってるの。」

このタイミングで?って思うだろうけど。

『そうか。もし、本当にお邪魔してもいいなら。』

当たり前でしょ?

「もちろんよ。行きましょ」

私の方から恒星の手を取って歩き出した。

心なしか歩調が速くなっていることに気付く。

それでも私は歩調を緩めなかった。追いかけてくる不安から逃げるように、恒星を引っ張っていった。




家に着いたら、まず部屋に案内してお茶を淹れた。

室内が暖かかったからか、さっきより不安は薄れていた。

あ、そういえば

「恒星、家に来るの初めてよね?」

振り返った恒星は、少し顔が紅潮していた。

ごめん、私そんなに早足だったかな?

『うん、ちょっと、緊張してる』

「そう?誰もいないから、気にしなくてっ」

ぎゅっと抱き寄せられた。

「どうしたの?」

『ごめん。けど、ちょっとだけ』

ちょっとじゃなくても別に良いわよ。

「いくらでもどうぞ」

そう言うと、少し腕の力が緩んだ。

私も腕を回して恒星の頭をそっと撫でる。震えてるの?



どのくらいそうしていたかわからないけど、結構な時間だったと思う。

恒星は、同じ体制のまま唐突に話し始めた。

『結。どうしても話しておきたいことがある。大事な話なんだ。』

「うん」

もう、なんでもこい、よ。

『実は、結が聴きに来てくれた、あの一般バンドの本番の後、真里先輩に呼ばれて話をしたんだ』

一度身体を離して並んで座った。

「うん」

『結、改めて聞くけど、あの日の俺の演奏、どうだった?』

ん?なんで今そんなこと?

「よかったよ?すっごく」

『どのくらい?』

らしくないわね。

「プロを目指すべきだと思うくらい!」

少しだけ沈黙。

『結』

「ん?」

『俺、留学しようかと思っている。』

「!!」

思わず息を呑んだ。



留…学…

『実は、真里先輩にも、結と同じように演奏を褒めてもらったんだけど、最後に言われたんだ。絶対にプロを目指した方がいい。そのために、転校か、留学した方がいいって。』



……

………

すごいじゃない!!

「すごい!真里先輩みたいなすごい人にそこまでお薦めされるなんて、やっぱり恒星はすごいのよ!いいじゃない!留学!」

本音の本音!これは本当にすごいことよ!迷う必要なんて全然ないわ!

『え、でも、もし受かったらしばらく会えなくなるんだぞ?』

なによ、そんなこと気にしてたの?

「え?なに?それって、待たせるから別れるか?みたいな話?」

困った顔になったけど、口元は笑っていた。吹っ切れた?かな?

『いや、そうではないよ。俺は、結が好きだから。別れたくはない。でも、2人の距離感は2人の問題だろ?俺1人で勝手には決められないだろ?だから、相談しようと…』

私は、恒星の唇の前で人差し指を立てた。

ありがとう。優しいね。

「恒星、こればっかりは自分の気持ちをちゃんと言わなきゃダメよ。転校か留学と薦められてて、真っ先に留学を選んだんでしょ?だったら、真里先輩に言われたことはただのきっかけよ。恒星は、この間の演奏ですごくいい手応えを掴んで、自分で留学したいと思ったんじゃないの?」

目を伏せているけど、はっきりとした意思を感じた。やっぱりね。

「それに、留学イコール離れる、じゃないでしょ?」

今度は恒星が息を呑んではっとした。

『え?』

「私も一緒にいくわ!」

思い切った発言だけど、Aブラス以降、私ももっと本格的に演奏を学びたいと思っていたところなの。むしろ、良いきっかけになってくれたわ!!

『結?』

私も、自分の素直な気持ちを打ち明けた。

演奏を本格的に学びたいという気持ち、それに、恒星と離れたくないと言う気持ちも。

だから…

「一緒にいきましょ?2人ともうまく行くかはわからないけど、まずは学校をちゃんと選んで、できるかぎりの努力をしましょう。Aブラスの時と一緒よ!」

この言葉で、恒星の目にもしっかりとした意志が戻ってきた。

そうよ。あなたのその目、大好きよ。

『ありがとう。ありがとう。うん、一緒に、やろう』