幼なじみとの恋は呪いに背中を押されて動きだす

「お母さん、『2月に立志式やるから、保護者の人に、手紙を書いてもらってきてください』だって」

 私は、お母さんに学校で配付されたプリントを手渡した。

「へー。立志式…って、どんなことやるの?」

「将来の目標について、作文を書かないといけないの。それを文集にするんだって。イヤだなー。あと、講演会もあるって。『私が夢を叶えるまで』っていう題の。学校の近くにある会社の社長さんを呼ぶらしいよ。あーあ、冬の体育館って寒いから、話が短いといいなー」

 行事の続く2学期が終わって、3学期はのんびり過ごせるかな、なーんて思っていたのに…。

玲奈(れいな)も、もうそんな年齢なのねー。早いわ。」

 お母さんがプリントを眺めながら、しみじみとつぶやいた。
 私の住む地域では、2分の1成人式を行わずに、中学2年生のときに立志式というものを行う。

 昔は、数え年で15歳になると元服して、大人の仲間入りをしたそうだ。だから、『現代でもこの年齢を迎えたら、自分の将来について考えたり、目標を立てましょう』という趣旨の行事らしい。

 さっきからお母さんが黙り込んでる。

「お母さん、どうしたの? プリント、分かんないことでもあった?」

「ううん、そうじゃないの。手紙は期限までにきちんと書いておくわ。お母さん、学生時代、作文は得意だったから、名文を期待してて」

「そこ、自分でハードル上げちゃうんだ!」

「大丈夫よ……」

 お母さんはまた黙ってしまった。

 さっきから変なお母さん。どうしたんだろ?
 お母さんが深呼吸をした。

 何だろう?

「…そろそろ、玲奈にも話しておく時期が来たのかもしれないわ」

 突然、お母さんが険しい顔になった。

 こういう前振りされると怖くなるじゃない…。

 私は思わず身構えた。

「急に何よ、お母さん。なんか不吉な予感がするから、聞きたくない。無理に話してくれなくてもいいよ」

「いいえ、聞いて覚悟をしておいた方が、そのときになって傷つくよりも、断然いいと思うの」

 傷つく? 私が?? 一体、なぜ???

 頭の中が、クエスチョンだらけになってしまった。

「実は、玲奈も、お母さんも、お母さんのお父さん、つまり、おじいちゃんも、呪いをかけられているのよ。代々、続く呪いを…」

「はあ? 呪い?? お母さん、そんなナンセンスなウソ、誰も信じないよ」

 半笑いが出てしまった。

 だって、大の大人が真剣な顔して『呪い』だよ?
「それが本当なのよ。そうよね…急にそんなこと言われたって、信じられるわけがないわよね。お母さんも、おじいちゃんから呪いについて初めて教えられたときには、今の玲奈と同じ反応をしてしまったわ」

「…おじいちゃんもお母さんも、大きな病気とかしてなくて、健康そのものだよね」

「そうね。おじいちゃんは血圧が高くて、塩分に気をつけないといけないし、お母さんは肩こりがツラいけど、健康の範ちゅうに入ってると思うわ」

「食事や住む場所に困ってはないし、まあまあ幸せだよね」

「そうね。家族の仲もいいし、まあまあどころか、お母さんは胸を張って『幸せ』って言えるわ」

「それじゃあ、呪いなんてかかってないんじゃない? …はっ! おじいちゃんがハゲてるのって…」

「ブー! お母さんはフサフサでーす」

「分かんないよー。やっぱり呪いなんてウソなんでしょ」

 お母さんが真剣な顔に戻った。首を横に振る。

「そうだったらよかったのに…。今から説明するから、きちんと聞いて。私たちにかけられてる呪いっていうのはね…」

 お母さんが呪いの内容と、その呪いがかけられた原因について話し始めた。
 週末になるとすぐに、私は幼なじみの佐藤 (まもる)に会いに出かけた。

 護の佐藤家と、私の前田家は、昔からずっとご近所さんで、仲よしなの。

 ちなみに、護のおじいちゃんと私のおじいちゃんも幼なじみだし、護のお母さんと私のお母さんも幼なじみ。

 護の家までは、うちからスープも冷めない距離だ。

 面倒だったから、コートを着ないで、走って向かった。

 でも、息が真っ白な季節に、コートなしは流石に無謀だった。スープは冷めなくても、私の体は冷えてしまって、肩が震えた。

 インターホンを鳴らすと、護のお母さんの声がした。

「はーい! あら、玲奈ちゃん。まあ、寒いでしょ! 護なら自分の部屋にいるわよ。どうぞー、玄関の鍵はかかってないから、勝手に入っちゃってー」

 私は、『おじゃましまーす』とあいさつすると、遠慮することなく、靴を脱いで、ドカドカ家に上がりこんだ。
 階段を駆け上ると、護の部屋はすぐそこだ。

「まーもーるー」

 ノックの代わりに、護の部屋のドアに向かって叫ぶ。

 小さかった頃からこうしている。

 護の部屋のドアだけは、今更かしこまってノックするだなんて、なんだか気恥ずかしい気がしてできない。

「その声は玲奈か? どーぞー」

 護は、私の突然の訪問にも慣れっこだ。驚いた様子もなく、入室の許可をくれた。

 護の方は、昔は『合言葉を言え』って応答していたはずなのに…。今では簡潔な返事をするだけになってしまった。

 合言葉なんて決めてもいないくせに、合言葉を言わせようとした幼い護が懐かしい。

 私は再び『おじゃましまーす』と言い、ドアノブを回した。
「ねー、ちょっと聞いてよ!」

「あのなー、いつも言ってるけど、電話ぐらいして、オレの都合を聞いてから来いよ」

「いいんだもーん。護の都合が悪かったら、出直すだけだから」

「あと、休日の朝っぱらから、そのテンションに付き合うのは、キツいものがあるぞ」

 文句を言いながらも、護は読んでいた本を閉じて、こっちを向いて座り直した。

 そう、人の話をきちんと聞いてくれる、いいヤツなのだ、護は。

「ごめん、ごめん。走ってきたから、気分が高揚しちゃってるのかも…って、そんなことよりも聞いて、聞いて! なんと、私って、呪いがかけられてるんだって!」

「はあ? 呪いだー?」

 護はうさん臭いと思っているに違いない。そういう顔をしている。

「それも代々、呪われてるんだって。お母さんから聞いたの」

「ふうん。それで、どんな呪いだって?」