夜闇の中、裏庭の東屋に連れてこられたわたしは、突然デネブに抱きしめられる。
「きゃっ! やめて、デネブ!」
なぜだか、シーリンに抱きしめられた時のことを思い出してしまい、デネブへの拒絶が強まる。
「スピカ、俺が悪かったんだ。俺のために綺麗になってくれたんだろう? あの派手な身持ちの悪い女とは別れるよ。だからよりを戻そう」
よりを戻すも何も、婚約していただけで、デネブとは男女の関係なんかではなかった。
そんな彼に抱きしめられて、昔の自分なら嬉しかったのかもしれないが、なぜだか嫌悪感が沸く。
「デネブ、そんなつもりは、わたしにはないわ! 離してちょうだい!」
だが、彼は制止も聞かず、わたしに口づけようとしてくる。
(いやっ……誰か助けて! シーリン――!)
その時――。
「女性を表面的な美しさからしか見られない男性は、私は嫌いだな」
大好きな友人の声。
デネブの身体から引き離されて――。
「大丈夫? 私の大事なスピカ」
――気づけば、わたしはシーリンの腕の中にいた。
デネブが声を荒げる。
「スピカと一緒にいたセレーネ家所縁のご令嬢、僕はスピカの婚約者だ。邪魔をしないでもらおうか?」
そんな彼に対して、シーリンは悠然と微笑む。
「元婚約者でしょう? ねえ、私の大切なスピカ」
すると、突然、わたしの唇に柔らかいものが触れた。
(え――!?)
何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。
(わたし、シーリンにキスされてる)
まさか初めての口づけが、女性相手になるとは思いもしない。
衝撃を受けたらしいデネブが嘆く。
「君たち、女性同士だというのに!」
そんな彼に向かって、シーリンは微笑んだ。
「私の格好をよく見て、ロード・デネブ」
デネブの視線が、シーリンの着ている服へと移る。
「ま、まさか――あなたは――!」
元婚約者の声が震えた。
わたしも追って、シーリンの格好に目をやる。
(え――? そんな……嘘でしょう――?)
なんと、シーリンは白いフロックコートに青いクラヴァットを身に着けていたのだ。
震えるデネブに、シーリンは蕩けるような笑顔を向け、こう言った。
「そう、ご名答。私は、セレーネ家次期当主――シリウス・セレーネ。正真正銘、女性じゃなくて男だよ」
わたしは声にならない声をあげた。
(シーリンが男性だったなんて!)
「そ、そんな……そんな……」
シーリンと対峙しているデネブは、混乱しているようだった。
「ねえ、ロード・デネブ。今日は私の婚約者の発表だったよね? さて、その婚約者は誰だと思う?」
(そう言えば、そういう話だった気がする。セレーネ家のご子息の婚約会見)
「ま、まさか――!」
デネブが情けない声をあげた。
「そう、そのまさか。私の婚約者はスピカだよ、元婚約者さん」
(え、え~~!!!!?)
またしても衝撃的な事実をシーリンは口にした後、デネブに続けた。
「スピカから話は聞いているよ。なんでもロード・デネブは彼女へ酷い振り方をしたらしいね。さて、どうしたものか?」
「ひっ――!」
シーリンはいったいどんな顔を浮かべていたのだろうか?
半泣きになりながら、デネブは慌ててその場を立ち去ったのだった。
(さようなら、デネブ)
もう自分は彼に全く未練がないことに気づいてしまう。
「パーティの会場で、ロード・デネブが私のスピカを連れて行ってしまった。だから、ね――」
シーリン――いいやシリウス公爵令息が、わたしに向かって手を差し伸ばしてきた。
「――奪われたから、奪い返すことにしたんだ」