彼女はシーリンと名乗った。

「不思議な名前ね」

 わたしがそう言うと、彼女は首を傾げて微笑んだ。

「よく言われます」

(本当に綺麗な女の子だわ)

 シーリンも貴族の令嬢らしいのだけれど、髪結いをしていたことなんかも含めて、詳しいことは教えてくれなかった。

 彼女はわたしの愚痴を聞きながら、最先端のネイルやメイク、立ち居振舞い、礼儀作法に流行りのファッション……女性なら知っておいて損はない情報を教えてくれる。
 
 ――気づけば、わたしは別人のように綺麗な令嬢に生まれ変わっていた。

(本当に私……?)

 艶やかな黒髪に、白い陶器のような肌、薔薇色の頬に桜色の唇。
 流行の桃色のドレスに身を包んだわたしは、童話に出てくる花の妖精のようだった。

「ありがとう、シーリン! こんなに別人のように生まれ変われるなんて……! すごく嬉しいわ……!」

 お礼を言いながら、彼女の元に向かおうとしたところ――。

「きゃっ……!」

 ドレスの裾を靴で踏んでしまい、わたしは前のめりに倒れてしまった。

 そんなわたしの身体を、シーリンは受け止める。

 彼女に抱き着く格好になってしまったわたしが、彼女の顔を見上げると、深い海のように煌めく蒼い瞳と出会った。

 なぜだか、わたしの心臓がどきんと跳ねる。

「スピカは、相変わらずおっちょこちょいだね。うっかり変な男に騙されるぐらい、とても純粋で可愛らしい。奪い返そうとは言ったけれど、元婚約者の侯爵に手渡すのはなんだか癪だな」

 シーリンの言い方がなぜだか、男らしく聞こえてしまった。

(わたしったら、女性相手に胸がドキドキしてしまうなんて……)

「シーリンに相談するし、もう変な男には騙されたりはしません」

「本当かな?」

 そう言いながら、彼女はわたしの耳にちゅっと口づけてきた。

 男女問わず、初めてそんなことをされてしまい、どんどん心臓の音がうるさくなる。
 
 そんな胸の内をごまかすように、わたしは彼女に向かって話しかけた。

「もし、シーリンが男性だったら、話しやすくて優しくて……恋をしてしまっていたかもしれないわ」

 わたしがそんな軽口を叩くと、彼女はふんわりと笑った。

「それは良いことを聞いた。嬉しいよ、スピカ」

 彼女の微笑みに、心臓が落ち着く暇もない。

「ああ、スピカ、そう言えば――」

 そうして彼女はにっこりと微笑みながら、わたしに告げる。

「今度、私の親戚の屋敷で舞踏会があって、そこにデネブ侯と件のご令嬢も来るんだけど……一緒に奪い返しに行こうか――?」


 こうして、わたしはシーリンと一緒に、デネブを取り返しに向かうことになったのだった。