九条唯の力が強いのか斉藤くんはされるがまま。
…確かに斉藤くんの顔、
めちゃくちゃブスで面白い。
「…ブ、あはは!やめてやれよ九条!」
「そうだよ!斉藤くん喋れなくなってるぞ!」
静観してた周りが堪えきれず笑い出す。
ようやく九条唯の手から逃れた斉藤くんが「いてーな!何すんだよ!」と凄むと
「待って。もう少し面白くできそう。」
九条唯がまた真顔で斉藤くんの顔に手を伸ばす。
「な!?や、やめろ!さわるな!」
斉藤くんが私の腕を掴んで「おい、行くぞ!」と自分たちの教室へ走り始めた。
斉藤くんに引っ張られながら振り返ってみると
爆笑する友達に肩を組まれながら、無表情で別の友達を変顔にさせてる九条唯。
…変な人だ。
もしかして、空気壊さないように助けてくれた?
でも心から楽しんでそうだったし…意識してない?
どっち?
九条唯。
…唯、くん。
遠くなっていくその姿が見えなくなるまでずっと、
目が離せなかった。
…そう。
唯くんはヒーロー。
みんなのヒーロー。
私はモブ中のモブ。
でも、
少しでも近づいて知りたかったの。
ヒーローのこと。
おかげでどんどん唯くんのこと知って、どんどん好きになっちゃって、
ときどき胸がチクチクするようになっちゃったよ。
今度また美琴ぐらい…美琴よりもっと素敵なヒロインが現れるまで
近くで見ていたいな。
「……さむ」
体がブルブル震える。
なんか頭が痛くて気持ち悪い。
誰か
誰か助けて
心細い。
寒くて、こわい。
「……唯くん……。」
ずっと我慢してた涙がボロッと溢れた。
助けて、唯くん。
ガチャッ。
「優花?」
え
「優花、いるの?」
…すごい。
これが幻聴というやつか。
だって唯くんは、私の名前を呼んだことがない。
「違う人なら返事して」
…唯くんだ。
やっぱり唯くんだ。
涙がボロボロ溢れてくる。
…え、待って。
こんなひどい顔見られたくない。
こんな姿見られるなら死んだ方がマシ。
私は鼻をつまんだ。
「チ」
ッガン!ダン!
「…なにしてんの」
上から、唯くん。
チガイマスのチしか言えてないよ?
「…てへ」
唯くんがヒラッとトイレの中に降りてくる。
かっこよすぎない?
唯くん、ホントにホントにヒーローだったのね。
でもこの状況、どう誤魔化そう?
「……あ、アハハ〜、…あっ?」
激しいめまい。
「優花!?」
咄嗟に唯くんが抱き止めてくれる。
うぅ
世界がグルグルしてる
ダメだ
重力に勝てない
力が
入らない
「…ちょっと我慢して」
唯くんがそう呟いて私をヒョイっと持ち上げた。
……
これは、
米俵の持ち方だな?
唯くんこういう時はお姫様抱っこだよ?
これじゃわたし猟師に狩られた熊だよ?
唯くんは私を担ぎ上げたままトイレのドアをガンッ!!と大きな音を立てて蹴破った。
そのままトイレを出て、北校舎の階段を駆け降りていく。
唯くんが一生懸命急いでる息遣いを感じる。
あ、唯くん濡れちゃうな。
申し訳ないな…
でも
唯くんと触れてるところがあったかい。
力の入らない手で、唯くんのワイシャツをキュッと掴んだ。
道中、何度かどよめきの声が聞こえたけど
唯くんは無視して早足で廊下を突き進んでいく。
こりゃ明日の浦高トップニュースに載っちゃうな。
保健室のドアを開けると保健の先生が「あらま!!」と声をあげて急いで着替えとタオルを持ってきてくれた。
「男子ちょっとそっちで待ってて!」
唯くんを押しのけていそいそと着替えさせてくれると、私をあったかい布団でくるむ。
やっと冷たい制服から解放された。
助かった…。
ホッとすると同時に、全然暖まらずブルブル震える身体とガンガン鳴る頭痛が私を襲う。
「はい、熱はかって。すぐあったかい飲み物用意するわね。」と言ってパタパタと先生が去っていく。
ピピピピ…
「39度…」
えらいこっちゃ。
時計は私が下駄箱を見た時間から1時間半経過していた。
一旦戻ってきた先生が体温計を見て目を丸くした。
「あらー、つらいわね。ご両親にすぐ連絡入れるわね。」
そう言ってまたパタパタと去っていった。
先生と入れ替わりに、飲み物を持った唯くんが相変わらずの無表情な顔を出す。
なんか、
ちょっと機嫌悪そう?
どうしていいかわからないでいると唯くんが飲み物を私の手にもたせる。
あつあつのホットミルクに少し口をつけると、
あったかさが食道を通ってじわ〜と身体に浸透していく。
「うみゃぁ〜…」
羽根村、昇天しました。
「…」
ん?
いま、唯くん笑った?
…気のせいか。
そのまま唯くんにジーッと見られながらおずおずホットミルクを飲んでると、まためまいがしてクラクラしてくる。
「ごめん、ちょっと横になるねぇ…」
私は布団にくるまって浅い呼吸を繰り返す。
相変わらず悪寒がするのに、熱くて熱くて仕方なくなってくる。
唯くんを目の前に、こんな姿情けないっす。ぐすん。
唯くんがため息をついて言った。
「誰にやられたの?」
「…はて?」
布団の中から精一杯のヘラヘラを繰り出す。
「…あっそ。」
唯くんは無表情でプイッと窓の方に目をやる。
やっぱり私のことはそんなに興味ないのねん。
それでよい。うんうん。
でも、心配して探しに来てくれたんだ。
興味ない女を迎えに来てくれて聖人君子だなぁ。
好きだなぁ。
「…唯くん。大好き。」
思ったことをそのまま口にした。
「…」
…あれ?
何にも言わないな。
いつもなら、俺は普通とかウザイとか言ってくれるのに。
呆れてんのかな?
ふいに立ち上がった唯君が近づいて、
ベッドのふちに手をつくともう片方の手で私の頬にかかる髪をどかした。
…チュッ。
ん?
ガラガラッ。
「羽根村さん、もうすぐお父さんが迎えに来るって。」
「…あっ。センセーありがとうござま、ス」
私がカタコトで返事をすると、唯くんが鞄を持った。
「じゃ。」
相変わらずの、無表情。
「う、うん。」
ガラガラ、ピシャッ。
………ん????
私、今、
唯くんにキスされた????
頭で理解するよりも早く、顔の表面温度がグググ…と上昇していくのを感じた。
「う、うわぁぁぁーーーーー!!??」
私は絶叫して布団に潜り込んだ。
「な!?なに、羽根村さん!?どうしたの!?ていうかどこにそんな叫ぶ体力残ってたの!?」
先生の言う通りで、私はHPがゼロになって布団の中で気を失った。
いつも通り、いつも通り。
ゴクン、と喉を鳴らして息を飲む。
…スゥ、
「唯くん!美琴!おっはよーーー!!」
私はいつも通り、2人に突進していく。
「優花!」
美琴が相変わらず綺麗な髪をサラッと揺らして振り向く。
唯くんも相変わらず気怠げに目線だけこちらによこす。
「おはよ。もう大丈夫?熱は?」
美琴が心配そうに私の顔を覗いた。
「もうすっかりなんともないよ〜!スーパー自然治癒力!ヒーハー!」
「…よかった。」
あ。
美琴が笑った!
「美琴ちゃん〜!!かんわいいねぇ〜!その笑顔守りたい!!」
美琴の笑顔はとてもレアで、それはそれは無垢な少女みたいですっごく可愛い。
これがまた普段の真顔とのギャップで破壊力がすごいんだなー。
私が突然抱きつくもんだから、美琴は「えっ、えっ、」と困惑してる。
そして、いつも通り横からの冷めた視線。