……はず、なんだけど……
ザバー!!!!
「ひゃあ!!」
ガチャン!
バタン!タタタタ…
……
トイレの個室で、水をぶっかけられた。
まだまだ寒いこの季節に水責めとは。
ひどいことするなぁ。
私は、放課後いつものように唯くんを待ち伏せしようとしたら下駄箱の靴がなくなってて、
代わりに『北校舎2階の女子トイレ1番奥』と書かれた紙を見た。
ビクビクしながら来てみたらこの有様よ。
タオルと着替えを調達せねば…
…あれ?
ドアがあかない。
…閉じ込められた!うわぁーん!
「へっくし!」
うぅ…寒い…。
上から脱出できるかな?
でも和式のトイレで踏み台にできるものがないな…
ジャンプしてみるけど届きそうにない。
くぅ〜、自分の背の小ささが憎い。
あ!
スマホがあるじゃん!
誰かに助けてもらおう!
いじめられてるの知られるのは嫌だけど、このままだと風邪ひいちゃ…
oh...
スマホが没してる…
「ッあーーーー!!!!誰かーたすけてぇーーー!!!!!」
扉をドンドン叩きながら大声をあげるも、ここは放課後使われることはない特別教室棟。
情けない私の声も虚しく、シーンと静まりかえってる。
…詰んだ?
全身から血の気が引いていく。
え、私どうなっちゃう?
このまま、ここにお泊まり?
無理無理無理無理
びしょびしょだしずっとこのままだったら風邪ひくどころか死んじゃうかもしれない
ぐるぐる考えても埒があかなくて、
カバンの中を漁ってみても使えそうなものはない。
持ってるあらゆるものを使ってトイレのドアの上に届かないかもう一度やってみるも、やっぱりダメ。
私は大人しく端っこに縮こまって救助を待つことにした。
嫌がらせされ慣れてる私でも、
さすがにキツいです。お手上げです。
はー。唯くん、私のこと待ってるかな?
…そんなわけないか。
いつも私が待ち伏せしててもスルーでスタスタ歩いてっちゃうくらいだし。
心も体も弱ってると、つい気持ちがマイナスになってくる。
唯くんを初めて意識した時も、こんな風に心が弱ってる時だったなぁ。
私は目を閉じて1年前を思い出した。
「なぁ!こいつブスだよな!?」
「えっ、うーん?はは…」
これで苦笑い8人目。
私はちょっといじりが強い男子のお友達、斉藤君に顔をぶちゅーっと潰されながら廊下を歩かされてる。
そして、
「なあなあ!こいつブスだよな!?」
「お、おん…」
こうして廊下で出くわす男の子たちに質問して苦笑いされる、というのを繰り返してる。
「さいろ(と)ーくん、いひゃい(痛い)よぅ…」
「え?なんだって?聞こえねーなぁ!ギャハハ」
楽しそうなのは斉藤くんだけだよ。早く気付いて。
周りの友達は強引で短気な斉藤くんになす術もなく、申し訳なさそうに見守るだけ。
自分が可愛くないのは分かってるけど、なぜこんな苦行を強いられなければいけないのでしょうか…
イジられ役って時にすごく悲しい気持ちにさせられる。
「あ!なぁ九条!こいつブスだよな!?」
あ。九条唯。
昨日さやちゃん達が隣のクラスにすごいイケメンがいるって騒いでた。
「…」
九条唯が潰された私の顔を、感情のない目でジーッと見る。
確かにイケメン。
でもイケメンって苦手。
ブスは女じゃないと思ってそうだもん。
…昔イケメンに弄ばれた私の偏見だけど。
「…」
ジー。
うぅ…恥ずかしい。すごく見るじゃん…。
早く何か言って、九条唯。
恥ずかしさでとうとう泣きそうになったときだった。
九条唯がおもむろに斉藤くんの顔に両手を伸ばして、
思い切りサイドからぶちゅーーーっと潰した。
「!?」
思わず私の顔を離す斉藤くん。
「の、にゅ!?」
顔をつぶされて謎な声が出てしまう斉藤くん。
九条唯が少しだけ口角を上げて言った。
「お前のが圧倒的にブス。」
あ
この人、かっこいい
九条唯の力が強いのか斉藤くんはされるがまま。
…確かに斉藤くんの顔、
めちゃくちゃブスで面白い。
「…ブ、あはは!やめてやれよ九条!」
「そうだよ!斉藤くん喋れなくなってるぞ!」
静観してた周りが堪えきれず笑い出す。
ようやく九条唯の手から逃れた斉藤くんが「いてーな!何すんだよ!」と凄むと
「待って。もう少し面白くできそう。」
九条唯がまた真顔で斉藤くんの顔に手を伸ばす。
「な!?や、やめろ!さわるな!」
斉藤くんが私の腕を掴んで「おい、行くぞ!」と自分たちの教室へ走り始めた。
斉藤くんに引っ張られながら振り返ってみると
爆笑する友達に肩を組まれながら、無表情で別の友達を変顔にさせてる九条唯。
…変な人だ。
もしかして、空気壊さないように助けてくれた?
でも心から楽しんでそうだったし…意識してない?
どっち?
九条唯。
…唯、くん。
遠くなっていくその姿が見えなくなるまでずっと、
目が離せなかった。
…そう。
唯くんはヒーロー。
みんなのヒーロー。
私はモブ中のモブ。
でも、
少しでも近づいて知りたかったの。
ヒーローのこと。
おかげでどんどん唯くんのこと知って、どんどん好きになっちゃって、
ときどき胸がチクチクするようになっちゃったよ。
今度また美琴ぐらい…美琴よりもっと素敵なヒロインが現れるまで
近くで見ていたいな。
「……さむ」
体がブルブル震える。
なんか頭が痛くて気持ち悪い。
誰か
誰か助けて
心細い。
寒くて、こわい。
「……唯くん……。」
ずっと我慢してた涙がボロッと溢れた。
助けて、唯くん。
ガチャッ。
「優花?」
え
「優花、いるの?」
…すごい。
これが幻聴というやつか。
だって唯くんは、私の名前を呼んだことがない。
「違う人なら返事して」
…唯くんだ。
やっぱり唯くんだ。
涙がボロボロ溢れてくる。
…え、待って。
こんなひどい顔見られたくない。
こんな姿見られるなら死んだ方がマシ。
私は鼻をつまんだ。
「チ」
ッガン!ダン!
「…なにしてんの」
上から、唯くん。
チガイマスのチしか言えてないよ?
「…てへ」
唯くんがヒラッとトイレの中に降りてくる。
かっこよすぎない?
唯くん、ホントにホントにヒーローだったのね。
でもこの状況、どう誤魔化そう?
「……あ、アハハ〜、…あっ?」
激しいめまい。
「優花!?」
咄嗟に唯くんが抱き止めてくれる。
うぅ
世界がグルグルしてる
ダメだ
重力に勝てない
力が
入らない
「…ちょっと我慢して」
唯くんがそう呟いて私をヒョイっと持ち上げた。
……
これは、
米俵の持ち方だな?
唯くんこういう時はお姫様抱っこだよ?
これじゃわたし猟師に狩られた熊だよ?
唯くんは私を担ぎ上げたままトイレのドアをガンッ!!と大きな音を立てて蹴破った。
そのままトイレを出て、北校舎の階段を駆け降りていく。
唯くんが一生懸命急いでる息遣いを感じる。
あ、唯くん濡れちゃうな。
申し訳ないな…
でも
唯くんと触れてるところがあったかい。
力の入らない手で、唯くんのワイシャツをキュッと掴んだ。
道中、何度かどよめきの声が聞こえたけど
唯くんは無視して早足で廊下を突き進んでいく。
こりゃ明日の浦高トップニュースに載っちゃうな。