「今のってさ」


 故意に残されたこと。気付かれたかもしれない。どうしたらいいの。


「恵比寿さんって、樹のこと好きなのかな」

「どう……なんだろうね」


 気付いていないみたいで、ひとまず胸を撫で下ろす。

 漫画でよく書かれるシーンという効果音は、本当にあるらしい。

 賑やかな2人がいなくなった部屋。まさに今、流れている。

 クーラーをつけるほどではないけど、空に近いこの部屋は多少の暑さを感じ始めて。額や背筋に薄っすら汗が滲み出す。

 汗拭きシートしたいけど、トイレと思われたくないな。

 さっきから参考書に目を通して、湊くんは何も話さない。声を掛けても良いのか。

 どう接したらいいのか、いつも以上に分からない。

 髪を触って、ジュースを飲んだりと落ち着かないでいると。

 参考書を閉じた湊くんがこっちを向いた。何かを思い出したように、耳元をとんとんと触って。


「それ、使ってくれてるんだね。似合ってるよ」


 天使みたいに笑うから、目を合わせていられなくて。

 頬を染めながら「ありがとう」と視線を逸らした。