昔からジンクスは心の安定剤だった。
 階段を登る時ふたつ飛ばしで行けたら、良いことがある。
 あの橋まで息を止めて歩けたら、明日は好きな人と話せるという単純なものから。

 陰口を言われていても、人の傷付くことは言わない。
 そしたら、心の澄んだ人になれる。なんてことを肝に銘じたりして。


 ーーコンテストで結果を残せたら、引っ込み思案な自分から一歩踏み出せる。


 自分で決めたジンクスのためなら、どんなに辛くて大変なことも諦めずに進めるから。

 たとえ良い結果にならなくても、頑張った過程は自分の蓄えだと思って次に繋がるの。

 作るたびにおいしくなっていくケーキがその証拠。


「鹿島ちゃん、このあと時間ある?」


 手に付いた泡を流しながら、落ち着きのある声が静かに落ちる。

「大丈夫だよ」とうなずく私に視線を下げて、周さんが笑みを浮かべた。無邪気な男の子みたいな表情。


「じゃあ、これからデートしない?」