(みかど)駅に到着して、下津くんが立ち上がろうとした時。私は、持っていた紙袋を差し出した。


「なに?」

「良かったら……食べて下さい。さっきの、お礼に。あの、練習で作ったもので、特に深い意味はなく……」


 慌てて否定を入れたら、逆に怪しくなった。下津くんのために包装までして、渡すタイミングを伺っていたみたいじゃない。

 柄になく衝動的に行動するから、恥をかくんだ。


「ほんとは、他に渡したい奴いたんじゃない?」

「えっ、えっと……」


 悟られていた。星名くんのために用意したものを渡すなんて、失礼極まりない。

 でも、素直に渡したいと思ったの。落ちた気持ちを引き上げて、背中を押してくれたから。

 この気持ちに名前を付けるとしたら、多分感謝なのだと思う。


「いいなら貰っちゃうよ。本命ってことで」

「ち、違います! それは、さっきのお礼で……」

「結奈ちゃん、焦りすぎ。ごめん、からかってみただけ。ありがとね」


 心地よい低音でハハッと笑う。ドアが開いた去り際にこちらを振り向いて。


「じゃあ、頑張って。いのち短し恋セヨ乙女」


 少女漫画に出て来るようなキザなウインクをして、下津くんは薄墨色の空の下へ出て行った。

 とても不思議な空気を持った人。ふわりふわりと雰囲気が変わって、どの顔が本物なのか分からない。

 ただ、彼へ対しての苦手意識も、最寄り駅に着く頃には、窓の外に浮かぶ雲のように消えていた。