お嬢様のような内巻きの彼女こそ、藤波くんが思いを寄せていると噂で聞いていた相手。4組の瀬崎沙絢さんだ。


「ここで何してるの?」


 大人っぽくどこか棘のある声は、少し不機嫌に聴こえる。


「あの、人を、待っていて……」


 瀬崎さんの視線が、後ろに隠し持っている紙袋へと落ちた。


「もしかして、湊くん待ってるの?」

「えっと……」


 高圧的な態度に萎縮(いしゅく)して何も言えなくなる。

 星名くんの名前がぐるぐると頭を回る。この人は名前で呼べる仲なんだ。


「美術室に用事がある子って、ほぼ湊くん目当てだから」


 反論することが出来ない。後ろに回した手が微かに震えていた。

 どうしてここに瀬崎さんがいるんだろう。この状況では星名くんに渡しづらいよ。

 頭からつま先をじろりと見た瀬崎さんはくすっとほくそ笑み首を傾げた。


「もしかして、鹿島さんってあなた?」


 今度は何の噂が広まってるんだろう。またあの画像のことか、それともクッキー事件?

 この場から逃げ去りたい。
 けど、星名くんに渡すまでは帰れない。

 頭の中でプラスとマイナスの気持ちが葛藤する。


「絵を描いてくれてる時の湊くんって、すごくかっこいいのよ。目が真剣で、凛々しくて」


 髪を耳に掛ける仕草、うつろに閉じ気味の瞳。笑顔の目の奥は据わっている。遠回しに言われているみたい。
『モデルを頼まれたのは、あなただけじゃない』って。