校庭に住み着く夏の虫や、玄関に広がるスニーカーや革靴特有の匂い。騒がしく廊下を走る男子たちの声でさえ、今日は微笑ましく感じる。

 調理室の冷蔵庫にケーキを預けて準備は万全。
 お菓子を渡すとなると、藤波くんの顔が脳裏を横切る。

 でも、今回は不安や緊張よりも、また誰かのためにお菓子を作りたいと思えたことに喜びを感じているの。

 お腹が満たされる昼休み。弁当を食べ終えたタイミングでケーキを出した。

 ピンクのリボンを(ほど)き小さな箱を開けると、純白の生クリームに紫と水色の可憐な花が現れる。

 ケーキを凝視して3秒後、比茉里ちゃんはため息混じりの声を上げた。


「これ結奈ちゃんの手作り? すごすぎる! さすが女子力の(かたまり)。食べるのがもったいないよー」


 ケーキの角度を変えながら何枚もカメラのレンズを向ける。

 こうして比茉里ちゃんの笑顔を見られただけで、寝不足のクマと充血が吹き飛ぶ。

 口の中でケーキを転がしながら、瞼を閉じて味を噛み締めている様子。


「うう〜ん、美味(びみ)。市販より絶品!」

「ありがとう。褒められ過ぎて、なんか恥ずかしいよ」