電車が停車するより早く、藤波くんが腰を上げた。無言で扉の前に立ち開くのを待っている。

 気付けば、私は浮きかけたお尻を再びその場に戻していた。

 藤波くんの最寄り駅はもっと先のはずなのに。暗闇に覆われた今日に限って、桜小町で降りるなんて。

 彼の姿がホームにあることを確認すると、発車のブザーが鳴った。

 私の駅はここなのに、どうして降りなかったんだろう。藤波くんは用事があっただけかもしれないのに。

 いつも考え過ぎて、悪いことばかり想像するからダメなんだ。

 ふと視線を感じて顔を上げる。
 目が、合っていた。こちらを向いて立っている藤波くんと。


 ーードクン、という大きな心臓音に促されるかのように、電車はゆっくり動き出す。

 一瞬にして、彼の姿は見えなくなった。

 今の、なんだったんだろう。
 鞄を持つ指先が小刻みに震えている。足は浮いている感覚さえする。

 藤波くんが、もの凄く恐ろしいものに見えた。

 この電車が快速だったことに気付いたのは、もう少し経ってから。

 小さな無人駅が続いて、終点の杠葉(ゆずりは)駅まで止まらない。よって私は無条件で、最終地点まで連れて行かれることになる。