「もうこんな時間なんですね! 私、バイトなんですよ。遅刻決定です。連絡入れなきゃ」

「鍵は私が返しておくから。高見ちゃんはもう帰ってね。お疲れさま」

「ありがとうございますっ! 先輩方、お先ですっ」


 高見ちゃんに手を振って、調理室の鍵に手を伸ばす。同じタイミングで出てきた周さんの手と触れ合って、反射的に手を引っ込めた。

「わっ、ごめんねっ」

「あはは、そんな慌てなくてもいいのに。一緒に返しに行こうか」


 薄暗い廊下を歩く。こうして肩を並べると、彼女の背の高さが身に染みて分かる。

 細身でスラっと長い手足は、どことなく他の女子とは違って見えた。
 ジェンダーレス女子と言われている意味が、今更になって理解出来た気がする。


「最近の鹿島ちゃん、なんか雰囲気変わったね」

「そうかな? 自分では分かんないな」

「もっと可愛くなったよ」


 なんだかくすぐったい言葉。嬉しさと照れくささで頬が熱くなる。
 きっと緩んだ間抜けな顔をしているだろうから、周りが暗くて良かった。


「もしかして……恋してる?」


 中性的な顔が視覚にぐっと入り込む。不意打ちで思わず体が避けた。

「してない、してないよ。周さん、ちょっと顔近すぎるよ」

「あはは、鹿島ちゃんってば面白い反応。まるでわたし、男みたいだなぁ」


 この暗さのせいなのか、彼女の空気感なのかは分からない。慣れているはずの周さんに緊張してしまう。失礼な態度を取ってごめんなさい。

 ちらりと斜めを見上げた彼女の横顔は、月明かりに照らされてとても美しかった。