「付き合うことになった?」

「……ううん。付き合ってないよ」


 慌てて首を振りながら、湊くんの顔を思い出す。


『僕たち……別れることになるんだ』


 どう足掻いたって、私と彼が幸せになる未来なんて作れない。
 湊くんの見た未来が全て現実になっているのなら、下津くんの言う通りなのかもしれない。

 それでも、少しだけ期待している自分がいる。諦めないで、正しいと思う選択をしていけば、自分にとっての幸せのカタチが出来上がるんじゃないかって。


「やっぱり、星名くんには敵わないなぁ」


 はあ、とため息を吐きながら、周さんの指が私の頬に触れる。頭に疑問符を飛ばした時には、彼女の唇が反対の頬へ付いていた。


「あ、あま……ねさ」
「結奈ちゃんが幸せになれるおまじない。それと、僕にも」


 止まっていた外の景色が、ゆっくりと動き出す。まるで窓の情景を早送りしているみたいに、心臓が複雑な音を立てている。

 耳から首まで赤みを帯びた顔を見て、くすっと笑う周さんは、いつもの彼女に戻っていた。

 ほんとは気付いていたのに、気付かないふりをしていたのかもしれない。
 今までの関係が壊れるのが怖くて、壊したくなくて、彼女の気持ちを受け入れられない自分を嫌いになりそうで。逃げた。


「周さんのこと、大好きだから」


 今、伝えておかなければと思った。
 さらさらの黒髪を耳にかけて、彼女はお得意の流し目を向ける。


「私の方が、鹿島ちゃんのこと好きな自信あるけどね」

「……ごめんね。ありがとう」

「泣きたくなったら、いつでも背中貸すから」


 しばらくして列車は速度を緩め、桜小町駅で私は降りた。進み始める窓へ手を振ると、彼女は笑顔を振り返した。

 強い風に乗って、花びらが空を飛んでいる。ふわりと足元に落ちたオレンジの花は、どこか寂しげに見えた。