真っ先に瀬崎さんの顔が思い浮かんだ。海でクラゲに刺されたことが、湊くんの予感を確信へ変えた瞬間だったのだろうか。


「……だから、始まる前に、終わらせちゃうの?」

「これ以上僕に関わると、絶対傷付けるから。結奈ちゃんの悲しむ顔見たくないのに、なんで、今させちゃってるんだろう」


 弱々しくて、消えてしまいそうな声。湊くんの方が、何倍も苦しそうだ。
 見なくていいものまで見えてしまうから、きっと彼はこれまでも憤りを感じて生きてきたのだと思う。

 床に崩れ落ちた私の肩を、優しく抱き寄せてくれる。

 ハッピーエンドかバッドエンドであるかは、本人たちが決めること。

 比茉里ちゃんの話が脳内に蘇る。身体に生えた大きな木から、何本も伸びる枝の先には花が咲いている。どれも同じに美しい。


「湊くんだけが苦しまないで。まだ作られてない未来よりも、今一緒にいられる時間を少しでも作りたいよ。友達としてで、いいから」

「……結奈ちゃん」

「そんな無責任なこと、だめかな?」


 小さく首を振る彼の瞳から、一筋の光が零れ落ちた。


「ありがとう」


 窓の隙間から、春を思わせる季節外れの風が吹き込んで、私たちの髪を優しく揺らした。見つめ合った彼の瞳がゆっくり近付いて、魔法にかかった私はそっと瞳を閉じる。

 瞼の上に柔らかな感触が伝わって、甘い余韻が体中に染み込んでいく。


 ーーずっと、結奈ちゃんが好きだよ。


 この湧き上がる声は、本来ならばここで彼から聞く台詞だったのかもしれない。

 そして、一生聞くことが出来ない言葉になった。