普段より早い朝の別校舎。女子トイレの鏡を覗き込んで、髪や身だしなみを確認する。

 薄紅色のリップクリームを唇になぞり、小さく深呼吸をした。一週間考えて、何度もシミュレーションしたから大丈夫。


 2組の教室を訪れると、まだ誰もいない空間で、窓の外を眺める湊くんの姿があった。
 少し開けられた窓から、緩やかな風が入り込みカーテンを揺らしている。

 声を掛けるより先に、彼は私の存在に気付いていた。久しぶりに向けられた天使の微笑みが、余計に胸を締め付ける。


「あの、これ……下津くんから、好きな人の……渡して欲しいって」


 封筒を出して気付く。
 まるで、湊くんへのラブレターを預かって来たかのような言い方。慌てて語尾に〝スケッチブックの〟と付け足した。

 絵を見て驚いたような顔をした湊くんは、心なしか笑ったように見えた。


「樹と何か話した? なんて、言ってた?」

「……ちゃんと、話してみたらって」

「そっか。だから、これを。樹らしいね」


 受け取ったファイルから紙を取り出して、優しい眼差しを向ける。
 女の人を見つめる目からは、愛しさがあふれていた。

 胸の奥が締め付けられるように窮屈になって、虚しさと切なさが(つの)る。
 最初から話す必要なんてなかった。もう答えは、目の前にあるから。