「もうやめてよ。お願いだから、私のことはいいから。2人に喧嘩して欲しくないよ」


 衝動的にしてしまったのだと分かった。叩いてすぐ、口元を覆った手が震えていたから。

 ぽろぽろと雨のように落ちる涙。瞬きをするたび、スカートに丸い染みが何個も出来ていく。
 目の前が水彩絵具のように(にじ)んで、2人の顔が不透明になった。


「みんなと仲良くいたいよ。一緒にふざけて、笑って、遊んで……なんでダメなの? 前みたいに……楽しくいたいだけなのに」


 ところどころに息継ぎが入って、聞き取りにくい。
 涙まみれで、頬や唇に髪がくっついている。鏡を見なくても酷い顔だと分かった。

 ティッシュと一緒に、スケッチブックの紙が差し出された。
 遠くを見つめるその女性は、ふとした瞬間に消えてしまいそうなほど儚げで美しい。


「これ、俺が持ってても仕方ないから。湊に渡しておいて」

「……でも」

「ちゃんと話して、気持ち確認したら? 納得出来てないんでしょ? それと、ちょっと強く言い過ぎた。ごめん」


 小さくうなずいたあと、目元を軽くティッシュで拭った。薄いちり紙は、水分を吸い込んで灰色になっていく。

 全員が幸せになれる未来があってほしい。それは不可能な事かもしれない。誰かの喜びが、誰かの悲しみであるように。

 でも、物語の結末がハッピーエンドかバッドエンドであるかは、本人たちが決めること。だから、納得いく答えを探したい。