「ごめん、ごめん」

 両手を上げた下津くんが、舌を出しながら体を離す。
 満更でもなさそうに頬を染め上げた比茉里ちゃんが少し眉を釣り上げて。


「樹くん、どこから聞いてた?」


 バツの悪そうな顔で、背丈のある彼を見上げた。


「なーんも聞いてないよ? 悪魔とか、ポイ捨てとか、ほとんど聞こえなかったなぁ」


 ほぼ知っているような返答をして、下津くんは私たちの肩を抱いた。さらに今度は間を詰めて囁く。


「結奈ちゃん、今日俺ん家来ない?」

「えっ、えっと……家?」


 ただでさえ近過ぎるこの状況で、背中に凍りを入れられたように強張っているというのに。正常な思考回路が切断される。


「ど、どさくさに紛れて何言ってんの」

「ちょっと耳に入れておきたいことがあって。大丈夫、襲ったりしないからさ」

「その発言が、余計に結奈ちゃんの不安を(あお)るんだって」


 ハハッと意味深な笑みを浮かべる下津くんが、何を考えているのか分からない。

 離した体はひょうひょうと一歩前へ出て、試すような視線を私へ流す。次に口を尖らせる比茉里ちゃんの方を向いて。


「心配なら、比茉里ちゃんも一緒にどう? 面白いもの見れるかもよ」


 何か意図があると思った。含みを持たせた誘い文句は、湊くんと関係がある気がして。

 いつも近くにあった笑顔が失われて、次第に広がっていった心の距離。変わってしまった彼を知ることが出来るのなら、たとえもう友達と思われていなくても、知りたい。


「だからーー」

「……行きます。今日、行っていい?」