人の波をかわしながら後を追いかけるけど、外へ出る頃には見失っていた。見渡す先に彼女の姿はなくて、荒い呼吸だけが残る。

 早く誤解を解かなければ。これ以上、比茉里ちゃんを悲しませたくない。電話を持つ手が震えていた。何度コールしても出る気配はない。

 どうしよう。駆け出したとたん、前から歩いて来た男子とぶつかった。
 後ろへ倒れそうになったところ、誰かに肩を支えられて、優しい風が吹いた。


「ごめんなさ……」

 聞いているかいないくらいの速さで、当たった相手は軽く頭を下げて去って行った。


「大丈夫? 怪我、しないようにね」


 背中から伝わる波長は、振り返らずとも分かる。その温もりに、今は触れたくないとさえ思っているけれど、心は正直に反応する。


「……ありがとう」


 他に何か話したいと思っても、夏夜の告白が邪魔をして、勇気を飲み込んでいく。
 助けてくれた理由も、未来が見えたからなのだろう。


「劇、樹と見てたんだね」

「たまたま、体育館の前で、会って」


 不自然な区切り方になる。湊くんにも見られていた。
 そっか、とだけ返された相槌。足元には、人に踏まれて折れたチラシ。それを拾って、しなやかに砂を払う彼の仕草。全て忘れたくても、目に焼き付いて離れない。


「比茉里ちゃんを探してるから、またね」


 それだけ言って、逃げるように立ち去った。

 夢中で走って、早く彼女を見つけたくて。もう誰も失いたくないと願いながら、変わりゆく秋空の下を駆け続けた。



「灰にならないようにしないとね」


 後ろ姿につぶやかれた消えそうな言葉を、私が知る由もない。