写真部の展示コーナーにも足を運んでみる。花や人、動物などの作品が多く、日常の忘れられた美しさが詰まっていて、どれも生き生きとしている。

 その中でも一際惹きつけられたのは、「神秘の(もり)」という写真。
 撮影者は下津くんだった。多くの木に囲まれ、長い階段の先に古い鳥居が聳え立つ。紫とオレンジが混ざった薄明な空の色が、幻想的な世界を生み出していた。


「さすか樹の写真。存在感がすごいね」


 いつの間に湊くんが隣にいたのか、作品へ釘付けになっていて気が付かなかった。
 一歩退きかけた足に力を入れて、平静を装う。


「綺麗すぎて、思わず見入っちゃった」

「妖でも出てきそうだね」


 ほんとだねと、相槌(あいづち)を打つ。大丈夫、ちゃんと普通に話せている。思ったより声も震えていなかった。あの夜に会う前と、なんら変わらない。

 湿った手のひらをスカートに押し当てて、キュッと握った。

 お互いに何も話さない時間が流れる。それは、きっと1分や2分足らずの出来事だったけど、私にとっては水中で息を止めているのと同じで長くキツく感じた。


「そうだ。急ぐときは、周りに気をつけてね」


 先に口を開いたのは湊くんで、私の息遣いなどまるで知らない穏やかな振る舞い。


「演劇部の『オリオン座の怪人』、一緒に見ない? もちろん、友達としてだよ」


 何度も頭で繰り返したその文章が声になることはなかった。
 心に虚しく残ったのは、誰も知らない台詞だけじゃない。少しずつ広がっていく2人の間に出来た距離。