全ての準備が終わったのは、学園祭3日前。
 他の場所で練習をしていた彼女たちの演技を見ることなく当日を迎えた。

 クラスの模擬店で販売するチーズハットグの呼び込み係になったため、宣伝板を首から下げて校庭を歩く。

 チラシを配って、とりあえずニコニコしていればいいと学園祭執行部の人に言われた。鈍色が広がる今日の空と同じで、期待されていない。

 前方から切長の目を伏し目がちにして、気だるげな表情で歩いてくる男子が見えた。藤波くんとは校内で度々すれ違う。

 和解はしたようなものだけど、何か言葉を交わす間柄ではない。
 小さく息を吐いてから、黙ったままで渡したチラシを受け取ってくれる。


『鹿島さんは、とりあえず黙ってニコニコしてればいいから』


「あ、あの……7組は、チーズハットグです。チーズが伸びて、おいしいです」


 話しかけてくるとは思わなかったのだろう。えっと、ああ……と気まずそうにしながら、彼は視線を外した。
 前と同じ反応だった。蘇る記憶は、いらないと冷たく言い放つ藤波くんだ。


「後で寄るわ」

 うまそう、と隣の友達とチラシを覗き込んでいる。
 肩の力が抜けて、胸を埋め尽くしていた空気が軽くなった。


「呼び込み頑張れ」


 いつものクールな感じで、藤波くんは去って行く。その後ろ姿に小さく頭を下げて、上がった頬をそっと隠した。


 クラスメイトと交代してから、1人で校内を歩いていた。比茉里ちゃんは販売係だから仕方がない。
 2組の前を通ると、湊くんがタピオカを売っていた。爽やかな笑顔の周りには多くの女子が群がっていて、近付けない。


「危ないから、気をつけてね」


 特別ではない優しさを遠くから見るだけで、私はその場を立ち去った。