一夏の終わりは憂い記憶を忘れ去りたいように、一瞬にして訪れた。
 2学期を迎えた校内は学園祭へ向けての準備で一色となり、放課後は演劇部へ顔を出すことが増えた。

 湊くんと会う機会は自然と減って、廊下ですれ違った時に少し言葉を交わす程度。旅行以降、気まずさが勝って避けているからだろう。

 いつの間にか、演劇部の手伝いをすることが、気を紛らわすための口実(こうじつ)になっていた。


 ハサミ、布、裁縫道具などが散乱する演劇部の部室。頭上を飛び交う慌ただしい言葉。(せわ)しなく手を動かす部員たち。裁断する布に目を向けたまま、比茉里ちゃんがつぶやく。


「ねえ、星名くんと何かあった?」

「何もないよ」

「旅行の後から変だよ。正確に言えば、2人がいなかった夜。違うって言ってたけど、あの時ほんとは星名くんといたんじゃない?」


 心配そうな声色で探りを入れるように、彼女はジョキンッと布を切り終えた。聞きづらいと顔に書いてある。


「いないよ? その怪人マント縫っちゃうね」


 話をはぐらかすように、比茉里ちゃんの前からえんじ色の布を取った。

 あの夜あったことは、誰にも話していない。湊くんに好きな人がいること、それがスケッチブックで見た女の人だということ。未来の私の隣には、他の人がいることも言わなかった。


「鹿島さんって、作業早いのに丁寧ですごいね。ほんとに助かる」


 作業に集中しようと衣装を縫っていたところ、演劇部の部長が来るなり私の手を掴んだ。針を持っているから、思わず布を離す。
 もう少しで刺さるところだった。下向きで良かった。