「結奈ちゃん、こっち出ておいでよ」

「えっ、あ、はい!」


 足より先に口が反応した。
 狸の置物からこそっと頭を出すと、待ち合わせに遅れた彼女を迎えるような顔をして、湊くんが笑っていた。


「気付いてたの?」

「結奈ちゃんがここへ来る未来、ずっと前に見えてたからね」


 橋の上へゆっくり足を進める。月明かりに照らされた湊くんの顔は、いつもと変わらず優しい。


「さっきの話、結奈ちゃんにしてたんだよ」

「私、に……?」


 そういえば、暗い橋の上だけで、中庭を見渡す限り人影はどこにもなかった。
 髪を撫でる風のように開かれた唇は、私の方を向く。とても寂しげな音を奏でながら。


「未来が見えるって話した時、僕の世界を教えてほしいって結奈ちゃん言ってくれたよね」

「……うん」

「あの時、すごく嬉しかったんだ。泣きそうになった」


 湊くんのことを知りたいと思ったことは事実。でも、未来が見えていたから手を差し伸べてくれたのだと、肩を落としていた。

 また胸のあたりがチクチクとする。今日の私はおかしい。湊くんと一緒にいるのに、不穏な音ばかりさせている。


「僕のこと、嫌いにならないでね。今から、たぶん結奈ちゃんを傷付けること言うから」