みんなは隣の男子部屋へ遊びに行ったけど、飲み物を買って来ると言って私は下へ降りた。

 空は暗くなっていて、中庭へ続く窓からは綺麗な十六夜(いざよい)の月が見える。
 いざよいには、ためらうという意味があるらしい。昔、テレビかどこかで聞いたのを思い出した。


『僕の優しさは、見返りを求めているから』

『僕のこと、嫌いにならないでね』

『結奈ちゃんには、知ってて欲しかったから』


『実際にあったら、怖いじゃない』


 みんなに受け入れて欲しくて、湊くんが優しさを向けているのだとしたら。
 私に何が出来るだろう。

 たぶん、好きと想うことしか出来ない。


 ふと外を歩く湊くんの後ろ姿が目に入った。胸がざわつく感じがして、後を追うように中庭へ出た。

 石亭を通り過ぎて、小さな池にかかる橋の上で湊くんが足を止める。
 とっさに近くの大きな狸の置物に隠れた。みんなと部屋にいると思っていたのに、こんなところで何をしているんだろう。

 もし誰かと待ち合わせでもしていたら、と急に不安が押し寄せて来る。


「やっぱりダメなのかな。未来を変えるだなんて、無謀なこと」


 誰かに話している口調だった。相手が相槌を打っているのか、湊くんは少し間を開けて話を続ける。


「このままでいいのか、正直怖いんだ。心の内では決めていても、少しの希望がいつも邪魔する」


 星の瞬きに合わせるように、池に映る光がゆらゆらと揺れている。
 聞いてはいけないような気がして、立ち去ろうとした。