「やめてよ、ヘンタイ」

「そんなわけ……え、樹くん?」


 おそらく、今の下津くんは私と同じ気持ちにあるだろう。初めて彼女が名前で呼んだことに驚いた。


「この機会に、仲良くなったってことで。だめ? ほら……せっちーも名前呼び捨てだし」


 照れ隠しなのか、少し唇を尖らせて視線は反対を向いている。


「意外だったから、ちょっとびっくりした。嬉しいよ。なんなら呼び捨てでも」

「それは、またの機会にする」


 どのタイミングで切り出そうと緊張していたのか、胸を撫で下ろしたように彼女は明るく笑った。
 比茉里ちゃんにとって、一喜一憂する下津くんの言葉が魔法なんだ。

 海を出てから、明智さんが付き添って、瀬崎さんは近くの診療所へ向かった。本人は大丈夫の一点張りだったけど、念のためにという湊くんの言葉に大人しく従っていた。

 刺された説明で出た彼女の擬態語(ぎたいご)が入り込んだみたいに、なぜか胸の奥がチクチクしている。