足音だった。血相を変えた瀬崎さんが勢いよく飛んできて、私の手へ浮き輪を押し付ける。


「そこで借りれたから、どうぞ」

「えっと、私なくても大丈……」


 言いかけた言葉が喉ぼとけのあたりで止まった。彼女の反対の手に、もうひとつ浮き輪が握り締められていたから。


「もしかして、沙絢ちゃんカナヅチだったりして?」


 冗談染みた台詞が投げられる。小学生が気になる子をからかうような口ぶりに似ていた。悪意が込められたものではない。

 だけど、瀬崎さんは顔を真っ赤にして眉を上げて、めかし込んだいつもの表情とは明らかに別の顔相をしていた。


「う、うるさいわね! とにかく、沙絢が誘ってるんだからアンタも一緒に使いなさいよね!」


 愛らしさの面影はなく荒々しく飛び出す声。すぐに口を押さえていたけど、みんなの視線は彼女へ向けられて、賑やかな場が鎮まった。

 今にも逃げ出す顔で、助走を付けるように瀬崎さんが一歩足を下げる。気付くと私はその腕を掴んでいた。


「やっぱり浮き輪使いたい。一緒に入ろうよ」


 恥ずかしさで、この状況から逃げ去りたいと思う気持ちが身に染みて分かるから。

 黙ったまま瀬崎さんは何も言わない。


「お嬢様キャラより、そのSキャラっぽい方が意外と面白くていいんじゃない?」

「そうそう、なんだかんだ沙絢はそれが一番似合ってるって」


 やめてよと、ばつが悪そうな顔をしながら、見守るような笑顔の湊くんに気付いたのか、少しホッとしたように唇を緩めていた。