「……星名くんは、誰とも付き合わないよ」


 空気が変わった。フォークと陶器の皿がカタカタと音を鳴らして、私の体は明らかに動揺している。


「近いようで遠いんだよね。透明過ぎて、たまに見えないっていうか。見てる世界が違うんだよね、たぶん。あれ以来、誰のことも目に入ってない」


 湊くんは中学生のあるいっ時、精神的に不安定な時期があったようだ。何かに取り憑かれたように、ひたすら絵を描いていたらしい。

 日が経つほどに、脳裏から色褪せていく人物画。髪の感じとシルエットを思い出せるだけで、はっきりとした顔は分からない。スケッチブックで見た女の人。


「鹿島ちゃんが気になってるの気付いてた。嫉妬してちょっと意地悪しちゃった。知らなくていいことまで言って、ごめんね」

「……嫉妬?」

「そう。星名くんは、みんなの星名くんでいてもらわないと困るから」


 さらっとした笑顔で、周さんはパスタを頬張った。
 あまりにも自然に言うから、もしかしてーーとマイナスな予想が頭を過ぎる。

 誰かの秘密を知るということは、それなりの覚悟がいるのかもしれない。
 湊くんが中学生の頃に描いたという女の人が、もし未来で会うはずの人だったら。だから、その人以外は特別になれないのだとしたら。

 彼の秘密を、私は素直に受け入れることか出来るのだろうか。