『急にごめんね。元気だった?』

「……はい、うん。元気、でした」


 緊張しすぎて変な日本語が並ぶ。10日振りに聴く湊くんの声は、少しだけこもっていた。


『迷惑かなと思ったけど、どうしても声が聴きたくて』


 耳元で広がる爽やかな音は、いつもより甘くて優しいものに感じる。
 見えもしない髪を整えつつ、熱くなった頬を手のひらで押さえた。

 初めての電話は、ふわふわと空を飛んでいるような感覚だった。

 何を話したらいいのか。そればかり考えていたけど、湊くんは普段通りで。休みの間は何をしていたとか、どこへ行って何を買ったという日常の話で笑い合った。

 気付くと部屋の時計は午後0時30分を過ぎていて、月明かりが外を歩く猫を照らしている。


『すっかり遅くなっちゃったね。そろそろ寝る?』

「うん、明日は出掛けるから。もう少ししたら寝ようかな」

『……じゃあ、あと少しだけ。って言いたいとこだけど、続きはまた今度話そう』


 まだ起きていられるのに。もう切っちゃうの?

 寂しい気持ちが込み上げて、ベッドの上にある薄い布をギュッと掴む。そんな大それたことは出来ないと、最初から分かっているから。


『また電話するね』

 湊くんの一言で、魔法にかけられて胸の中が華やいだ。さっきまでの気持ちを溶かすように、心は温かい。

 またねと言い合えることが、前よりも近くなれた気がして。ベッドへ横たわるたびに、ふふっと笑みが溢れる。


 瞬くような星はひとつも見えないのに、今宵の空は美しい。