「なんだよ、それ脅しのつもりか? 大人を舐めてもらっちゃ困るんだよなぁ」


 低い声が耳を貫いて、力の強い手が私たちを引き離そうとする。
 誰か助けて。心の中で叫んだら、


「汚らしい手で、その子に触んないでくれる?」


 凛々しい声がして、男の腕が捻じ上がった。
 「いてて」と顔を歪める人の前に立っていたのは、私服姿の周さんだった。モノトーンでコーディネートされた格好は、スタイルの良さが強調されている。


「なんだお前? 僕ちゃんはカッコつけてねぇで引っ込んでろ」


 男子と間違えられているのか、周さんの胸ぐらを掴んで、ぐっと顔面を近づけた。

 それでも目から口まで、微動だにしない彼女。大きく振り上げられた拳に、私は思わず奇声を上げる。


「もうすぐ警察、来ますよ」

 スマホをチラつかせる周さんの遠くに、警察官の姿が見えた。
 チッという舌打ちが聞こえたと思ったら、ぐっと手を引かれて。


「みんな、走って」


 もつれながら必死で駆けた。
 周さんに連れられる私の後ろから、比茉里ちゃんたちの足音も聞こえる。

「君たちー!」と誰かの叫ぶ声が遠くでしたけど、逃げるように走った。


 狭い路地裏を抜けて、帝駅の裏側へ出た。閑静な空気が、乱れた呼吸を安らかにする。誰も追っては来ないし、声もしない。

 肩で息をする私たちの横で、周さんは涼しい顔をして自販機の前に立つ。


「大丈夫?」

 ミネラルウォーターを差し出す顔には、汗もかいていない。