「その人って、中学時代の先生なんじゃない?」

 ぐっと覗き込む黒目がちの瞳に、自分の顔が映る。
 教師と生徒の禁断の恋だと、比茉里ちゃんが隣で妄想を繰り広げているのだけど、今の状況はそれどころではない。美術準備室の作業台の下で、ふたり身を潜めて隠れているのだから。

 遡ること数分前。
 話をしながら、興味本位で美術室へ立ち寄った。湊くんの家で絵のモデルをしたことを、比茉里ちゃんがにやにやした目付きで問い詰めてくるから。


 女性の絵が描かれたスケッチブックのことを伝えた。未来の話はしなかった。

 準備室のドアが中途半端に空いていることに気付いて、何気なく中を覗く。普段は入れない場所だから、ちょっとした好奇心だった。

 多くの絵や創作物が置かれているなか、色鮮やかで美しい絵を目にした瞬間に、湊くんの作品だと分かった。
 幻想的で魅了されるのに、彼の描くものはどこか寂しげだ。


「スケッチブックの人って、美人だった?」

「綺麗な大人の女の人って感じだったよ」

「隠すってことは、やっぱやましいことがあるからじゃない?」


 湊くんの絵の前に立って「この絵誰のだろう」とつぶやきながら、順番に視線を流していく。
 何も言えなかった。同じ気持ちが、私の心の内にもあったから。


「じゃなかったら」
沙絢(さあや)、あのさ……」


 比茉里ちゃんの声と重なるように、準備室の外から声が聞こえた。


「藤波くん、ちょっといい?」

 ドアが開く気配を感じて、とっさに目の前にあった作業台の下へ隠れた。