店を出て、桜の木が(そび)え立つ公園を歩く。噴水を抜けて、なだらかな丘を登ると街を見下ろせる場所が現れた。

 涼しい風が私の髪を揺らす。少しだけ青空に近付いた空気は心地よくて、不安定な心を落ち着かせてくれる。


「あれ、樹のマンションだね。僕の家も見えた」


 すぐ下の辺りを指差す湊くんの肩がとんと触れた。離れることなく、そのままの位置を保っている。
 噴水のように緊張が溢れ出て、たちまち身体は動かなくなった。近過ぎる距離感に、どうしても意識がいく。


「結奈ちゃんの家は、ここから見える?」

「えっと……うん、あの辺り、かな」


 小さく顔を向けた拍子に、湊くんの鎖骨が視界に入った。
 ふわりと香り立つ花の芳香が鼻を(つらぬ)くと、頭の中が真っ白になる。

 何か話さないと。思った瞬間、目の前に藍色の世界が広がった。私たちの姿を覆うベールは、湊くんが差した大きな傘。


「……傘? 雨、降ってる?」

「もうすぐ必要になるかなって」


 ぽつぽつと、頭上で雨を弾く音が鳴り始める。晴れ空がゆくりなく泣くのを見て、私は二度三度と瞬きをした。

 ニュースの天気予報では、今日一日晴れ日和だと言っていたはずだ。だから、洗濯物も外へ干して来たのに。


「天気雨だね。持ってきておいて良かった」


 空を見上げながら、湊くんはなんともないような顔をしている。不思議な感覚だった。心の中を覗かれているような、全てを見透かされているような気分。