「……ありがとう。中学生の一時(いっとき)は、取り()かれたみたいに描いてた時期もあったけど。その時のことは、あまり覚えてないんだ」


 想像で沸いて来た時と同じ声だ。とても寂しそうで、切なくて、胸の奥がギュッと締め付けられる。

 瀬崎さんは、相変わらず綺麗な笑顔で描かれていた。学年一の美女と言われているだけある。

 部活の課題で1年の頃に描いたものだと教えられて、なんとなく絵の雰囲気から感じ取っていた。

 目の前が(かす)んでくる。
 わざと大きく目を見開いて天井を見た。気付かれないように後ろを向いて、こっそりと指の背で涙を拭う。


 瀬崎さんが、個人的にではなく、課題でモデルをしたと知って安心したからじゃない。

 ノートに描かれた女性の先に、湊くんの姿が見えたから。強い眼差しを向けている瞳。たぶん、特別な感情を持って描いていたのだろう。

 だから、私はあの絵に嫉妬しているんだ。

 横を向いて、絵のモデルを再開した。スケッチブックを見る前と、同じ顔を出来ているか不安だった。表情の正解が曖昧になって、唇が引きつっていく気がして。


「結奈ちゃんと行きたいところがあるんだ。今日のお礼も兼ねて」