優しさに罪なんてない。誰にでも親切に出来る湊くんは、ただ心が綺麗なだけ。
 なのに、どうして胸を押されるように苦しいのだろう。

 聞こえなくなった声。遠退いていく足音。潜めていた息が肩から抜けていく。


「……君には分からないよ」

 空に消えてしまうほどのつぶやき。まだそこに湊くんがいたことにも、かんしゃく玉が砕けたような反応になる。


 ーーほんとは、ずっと話したかったんだ。


 寂しげな色が胸へ染み込む。笑顔の奥にある孤独は、何を意味しているの?

 ギギギギ……。鈍く重みのある妙な音が、空の方から聞こえる。
 頭を上げると何かが落下するのが見えて、考える間もなく次の瞬間には後方へと倒れ込んでいた。

 ほぼ同時と言えるタイミングで、屋根の一部らしき物が、目の前の地面へ叩きつけられるように落下した。

 顔は青ざめ、手足の震えが起こる。少しでも避けるのが遅れていたら、下敷きになっていただろう。


「……間に合った」


 誰かに支えられていることに気付き、すぐに体を起こす。
 庇うようにして湊くんが倒れていて、まくられたジャージからのぞくヒジが赤くにじんでいる。


「湊くん⁈ 血が、出てる……早く保健室……!」

「ただの(かす)り傷だよ。それより、結奈ちゃんは大丈夫?」


 包み込むような強さで手を取ると、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。湊くんが助けてくれたんだ。

 靴底が地面に着く。じわりと膝から伝わる痛み。たらりと血が流れた。


「ごめん、勢いよく飛び込んだから。歩ける?」

「……どうして?」

 語尾に被せるように心の声が漏れると、湊くんは少し戸惑った表情で目を向けた。