倉庫の前から、男子の声が聞こえて来る。慌てて振り返るけど、こちらへ向かってくる様子はなく話は続く。


「沙絢のこと好きなんか?」


 盗み聞きするつもりなどなかったのに、完全に出るタイミングを失ってしまった。とりあえず、林から立ち去るしかない。


「それとも、鹿島さん?」

 動揺して物音を立てそうになる。ここで自分の名前が出て来たことに、頭が混乱している。

 状況の把握すら出来ていないけれど、イエス・ノーどちらでも答えを聞くには、心の準備がまだ。


「その質問に答える義理はないよね」


 相手の声を聞いたとたん、心臓を握り締められたような苦しさに襲われた。


 そこにいるのが、湊くんだと気付いたから。


「特別な感情がないのに、むやみに優しくするのってどーなんだろうな。俺に説教して来たことあったけど、勘違いさせるような事してるあんたの方がよっぽど(こく)なんじゃねぇの?」

 もう一人は藤波くんだ。何も反論しないで、湊くんは黙っている。

 体を隠す旧倉庫から動けなくて、じっと息を潜めた。


「好きじゃねーなら、ちゃんと態度で示さねぇと分かんねぇって言ってんだよ。期待させるだけ気の毒。誰にでもいい顔すんな」


 藤波くんの口調が荒っぽくなる。表情を見なくても、苛立っていることが分かる。

 そこまで言われても、湊くんは口を開かなかった。否定しなかった。