「あの……えっと…………と」

 前列の人と目があった。伝えたくても、思うように大きな声が出ない。周りの発声練習のような声量に掻き消される。


「……み、みな……」


 知らない目がこっちを見ている。やっぱり言えない。

 何がいるんだ、早くしろ、という激しい口調にたじろいでいると、ぐっと腕を掴まれた。

 目を剥いた周さんが紙を覗き込む。あまり聞かないような焦り声が、隣上から聞こえた。


「鹿島ちゃん、これって……」

「あ、周さーー!」


 助かった、と思った。気が緩んだ隙に、周さんは他の人に連れられて遠去かっていく。しかも、忍者走りの如くものすごい速さで。

 一瞬の光りが消えて、つま先から動けなくなる。そんな時だった。颯爽と現れた湊くんと目が触れ合ったのは。

 力が入り過ぎて先のくしゃけた紙を見て、彼は優しく微笑む。


「……遅くなってごめんね。走ろうか」


 そのまま私の手を引くと、何も言わないで駆け出した。

 繋がれた手から湊くんの体温が伝わってくる。困っている人を放っておけないだけ。

 団のために協力してくれただけで、自惚れてはいけないと分かっている。分かっているけど、体は正直だ。

 乱れる呼吸は、湿る手のひらは、競技のせいじゃない。同じリズムで刻む鼓動は、走る前より大きくなっている。