「今、何て言ったの?」

「……ああ、今日は頭のしてないんだなって」


 耳元の髪を触わりながら、湊くんを思い出す。

 藤波くんのことがあって、気が動転していたのもあったけど。瀬崎さんと一緒にいるところを見てしまったから、バレッタを付ける気分になれなかった。


「あれって、もしかして湊から貰った?」


 唇をくっ付けたまま、瞬きが多くなる。前に湊くんが知られたくなさそうだったから、言えない。


「結奈ちゃんって、隠しごと出来ないタイプでしょ」


 反応を見て、やっぱりなと言いたげな表情をしている。つくづく、自分の演技力の無さには絶望する。

 にやにやと楽しそうに笑う下津くんは、ひっかけ問題を出して喜ぶ小学生みたいだ。


「まあ、人間なんて隠しごとの塊みたいなもんだからなぁ」


 一瞬で顔付きが変わった。瞳に出来たかげりが、さらに強まって。「ねっ」と私を見る。

 同意を求められたことに対して、なんと答えたら正解なのか分からなくて。誤魔化すような笑みを浮かべた。


『僕のこと、嫌いにならないでね』


 勉強会で聞いた言葉が蘇る。これは、思い出している声だ。そして、

 ーーだから、さよならだね。


 もうひとつ湧き上がるのは、自分の耳で聞いたものではない音。切ない別れを連想させる意味は、一体なんなのか。


「それ知って引いちゃうようなら、それまでってこと」

 じゃねと、彼は帝駅で降りて行った。

 下津くんと話していると、自然に感情が引っ張られて、時に不思議な気持ちになる。

 前向きになったり、逆に後ろへ引きずられる。たまに自分の気持ちが迷子になる。

 少しだけ、湊くんの秘密を知ることに不安を感じているなんて……。

 ぼんやりと窓の夜空を眺めながら、しばらく不透明な余韻に揺られていた。

 星ひとつない真っ黒な空を、ただひたすらに。