慌てて離れるけど、まだ下津くんの香りが充満していて変に意識してしまう。消さなければと、顔をふるふると振って、周りをパタパタと仰ぐ。

「えっと……飛べない鳥?」

「ジェスチャーじゃないですっ」

 さらに声が張り上がる。ムキになる私を見て、ははっとからかうように笑いながら、ポンと頭に手を置く。

 もうっ、と頬が染まった。だって、不意打ちに触れられたら緊張しない理由がない。
 子どもみたいな顔から、柄になく少しキリッとした表情をして。

「湊じゃなくて、俺にしたらいいのに」

「……え?」

 空耳かと思った。だけど、間違いなく唇の動きはそう言っていて。瞬間的にフリーズした顔を熱で溶かす。

「からかうのは……やめて下さい」

 相変わらず軽い発言と甘い笑顔。この優美な笑みに、何人の女の子が騙されたんだろう。危うく鵜呑(うの)みにするところだった。

 冷静になって体を反対側へ寄せる。少しでも遠くへ。

「至って真面目なんだけど」

「…………だって」

「今、あんま良いこと考えてないでしょ。言っとくけど俺、わりかし誠実よ?」

「全然、説得力ないですよ」

「やっぱ無理あるか。じゃあ今後のために、結奈ちゃんが設定考えてよ」

「設定……?」


 思わず吹き出す。設定と言っている時点で、本来の自分じゃないと公言しているようなものだから。


『次は帝〜帝です。お出口は……』

「ほんとは…………けどな」


 何かをつぶやく声が聞こえた。でも、乗内アナウンスに被って、はっきり聞き取る事は出来なかった。