「俺、また変なこと言った? よく言われるんだよな、空気読めないって。ごめん、今のは忘れてくれていいから」


 吊革を離して私の前から去ってゆく背中。

 ほんとうに何も言えないままでいいの?

 ほんの少しだけ後悔が残って、つい立ち上がる。


「あの、実は……見てました。お菓子、他の子に渡してるとこ」

「……そっか。ごめん」


 背を向けたまま、気が(とが)めるような声がした。


「でも、ありがとう」

「えっ」と藤波くんが振り返る。不思議なものを見る目をしながら。なぜそうなると言いたげな表情。


「……すっきりしたので。私も、避けるようなことして、ごめんなさい」


 軽く頭を下げると、「いやいや」と戸惑う声が降って来た。


「鹿島さんが謝ることじゃない。おかしい」

「そう……ですか?」

「うん」


 ふっと息を吹くように、藤波くんは小さく笑みを浮かべた。

 不器用なだけで、思ったより悪い人じゃないのかもしれない。

 勇気を振り絞って渡した想いは、受け取ってもらえなかったけど。

 謝ろうと気に留めてくれていたことを知って、少しだけ、あの日の自分が救われた気がした。