「はい、風の噂で……」


 唇の端が引き攣って普通の顔を作れない。

 あれ、私っていつもどんな顔してたかな。

 忘れたい情景が蘇って来て、胸が苦しくなる。

 もうとっくに傷なんて癒えたと思っていたのに。


「無神経だったと思って、ずっと謝りたかった。でもタイミングなくて。避けられても仕方ないけど、ほんと……ごめん」


 ずっと視線が気になっていたのは、謝ろうとしてくれていたの?

 勘違いして逃げて、藤波くんのことも傷付けていたんだ。


「目付きも愛想も悪いし、そんなに喋ったことないのに。何で俺にくれたの?」

「えっ、えーっと、あの、それは」


 不意打ちの質問に応用の回答が出るわけもなく、頭の中は錯乱状態。

 だけど、行手を阻まれていて、逃げることも出来なくて。眉を下げて黙ったまま数分が過ぎた。

 今さら、あの時の気持ちを告げられるわけがない。藤波くん、もう限界です。

 発車を待っていた電車のドアが閉まり、ゆっくりと加速していく。