ロゼールは再度、
「ベアトリス様! 修道院長様の件、ご再考をお願い致します!」
と、ベアトリスへ向かい、ひざまずいたまま、頭を深く下げ、きっぱりと言い放っていた。
びっくりしていたのは、教育係のジスレーヌだけではない。
かばって貰った当の修道院長も驚愕。
花嫁修業、行儀見習いの女子達の為に、良かれと思って厳しくして来た。
しかし、数多の女子達から、自分へ苦情が出ていた……事実が発覚した。
しまったと思い、後悔もした。
そして、ロゼールへも厳しくシビアに叱責するのが日常だったのに……
自分を憎んでいると思ったロゼールがまさか、かばってくれるとは……
全くといって良いほど思っていなかった。
なので、目をぱちくりしていたのだ。
そんなロゼールを、まっすぐ射るように「びしっ!」と見つめ、
ベアトリスは、シニカルな笑いを浮かべながら数回頷く。
「ふ~ん……ロゼール、修道院長同様、貴女も私に逆らうの?」
ベアトリスの問いかけに対し、ロゼールは小さく首を横に振る。
「いいえ!」
「では、私の決定に従いなさい。修道院長は失職させます」
「ですが、ご再考をお願い致します」
「へえ、私がこれだけ言っても……まだ逆らうの?」
「ご再考をお願い致します」
「私は言ったはずよ。3度目の反抗は私のマイルールで、NG決定だって……私の決定を4度も否定した貴女を、更に厳罰の『追放』にするわ」
「追放……ですか?」
「ええ、追放。……ロゼール、貴女がこの修道院へ来た経緯を私は知っている」
「そうですか」
「このトラブルで貴女は実家から勘当される。私にも逆らったから、この国にも居られなくなるわ。つまり完全に国外追放よ!」
「構いません! 元々、1か月前、ここへ来た時にすぐ脱走して、遠くへ旅に出るつもりでしたから」
「あははは! 来てすぐ修道院を脱走して遠くへ旅立つの? 貴女、やっぱり面白いわね」
「けして面白くはありませんが……私、旅に出て、他国へ行くつもりでしたから」
「あはははは、それが何故、思い留まったの?」
「はい、武道ひとすじ、全く世間知らずの私は、まずシスター、ジスレーヌ……騎士隊OGのジスレーヌ・オーブリー先輩に慰められ、様々な事項のご教授を頂きました。そして、修道院長様には、くじけそうになる度、厳しくも温かく𠮟咤激励されたのです」
「成る程。それで思い留まり、1か月間、修道院で、花嫁修業、行儀見習いが出来たって事ね」
「はいっ! 私がくじけず、あきらめずにやって来れたのは、シスター、ジスレーヌと修道院長様のお陰なのです」
「そうなの?」
「はい! 修道院長様は、誤解されやすい方なのだと私は思います。あまりにも私達の教育に熱心なあまり、つい言葉がきつくなり、やりすぎてしまうのです」
「うふふ、私達の教育に熱心なあまり、つい言葉がきつくなり、やりすぎてしまう……か。……確かにそうかもね」
「もしも今回の件で反省なされば、修道院長様は、充分やり直せると私は思います。どうか、ベアトリス様! 今一度再考され、修道院長様へチャンスをお与えください!」
「うふふ、ロゼール。貴女の言いたい事は良~く分かったわ」
「はい! というわけで。私ロゼール・ブランシュは、修道院長様には大きな恩義があります。騎士隊を除隊しましたが、私は今でも騎士です。忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、奉仕の8つの徳目は私の心の礎《いしづえ》です」
「成る程。ロゼールの礼節―目上を敬い、目下を侮らない謙虚さ、勇気―いかなる場合でも強者へ立ち向かう胆力……が、今、発動したという事ね」
「はい! そうとって頂いて構いません。ですから、ベアトリス様が、もしも修道院長様を失職させるというのでしたら、修道院長様の大恩に報い、私は反対致します。そして反対が通らぬ場合、ベアトリス様のご命令通り、追放され、遠くの他国へ旅に出ようと思います!」
はきはきと言い放ったロゼール。
対して、ベアトリスはシニカルに笑ったままだ。
表情を全く変えない。
「うふふ、抜きん出た女傑の貴女が、遠くの他国へ旅に出るなんて、我が王国の貴重な人材の流出……それは困るわ、ロゼール」
「ベアトリス様にそこまでお褒め頂き、誠に恐縮ですが……では、旅に出さないと申されるのなら、私を牢獄に幽閉でもするおつもりですか? ご命令とあらば従いますが……」
「あはは、何よ、その潔さ。ふふふ、負けたわ」
「負けた……とは?」
「『前』修道院長殿!」
「は、はい!? ベアトリスお嬢様!!」
「『前』を取ってあげる! 貴女の失職は、ロゼールの心意気に免じて、取り消しよ!」
「え?」
「まさに、情けは人の為ならずね。すんでのところでロゼールがかばってくれたのよ、感謝しなさい」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「うふふ、私へではなく、修道院長殿、貴女がお礼を言うのはロゼールよ。……今後はもう少し相手を労わって、物言いをなさる事ね」
「は、はい! そ、それはもう!」
修道院長は、すぐロゼールに向き直り……深く頭を下げた。
「ロゼール殿! いえ、シスター・ロゼール、本当にありがとうございます! 貴女と創世神様に多大な感謝を致します。充分に反省しますから、今後とも宜しくお願い致します」
対して、ロゼールもうやうやしく礼をした。
「こちらこそ! 宜しくお願い致します。修道院長様!」
ふたりの様子を満足そうに眺めていたベアトリス。
「うんうん! よしよし! それと修道院長殿、こういう落としどころはどうかしら?」
「お、落としどころ?」
「ええ、修道院長殿のおっしゃる事も一理ある。確かに、経験不足のロゼールに私の教育係をやって貰うのは負担が大きすぎるわね」
「と、申しますと?」
「私も旧知のオーブリー元子爵夫人、シスター・ジスレーヌに教育係としてついて貰い、花嫁修業、行儀見習いの教授をして頂くわ。ロゼールと一緒に仲良く修行するのよ。で、あれば全てが丸く収まるでしょ?」
何と!
ベアトリスは、ロゼールとともに、花嫁修業をする提案をして来たのである。
翌日から……
強靭な女傑とうたわれた元騎士ロゼール・ブランシュと、
恐るべき『オーガスレイヤー』と噂された公爵家令嬢ベアトリス・ドラーゼ。
奇妙な組み合わせといえるふたりの『花嫁修業』『行儀見習い』が始まった。
ロゼールとベアトリスは、いがみ合う事もなく一緒に自然に修業していた。
元々ロゼールは騎士隊では、少し爵位が上の相手でもフレンドリーに接していた。
だが、さすがに王族に準ずる、上級貴族公爵令嬢ベアトリスに対して、そうはいかない。
自然と感情を表に出さず淡々となる。
そういう作法を身につけていた。
さてさて!
教育係のシスター、ジズレーヌこと、
元・子爵夫人ジスレーヌ・オーブリーからいろいろと手ほどきを受け……
初日、2日目こそ、従来の「かっちりした予定」を、
何とかこなしたロゼールとベアトリスであったが……
3日目になって、ベアトリスは「ぶーぶー」不満を漏らし始めた。
規則正しい生活に慣れたロゼールでさえ、思い悩んで『脱走』しようとしたのに……
自由奔放に生きて来たベアトリスに、そんな堅い生活は我慢が出来るわけがなかったのだ。
朝食後、午前8時過ぎ……
修道院専用の農場で草むしりをするロゼールとベアトリス。
ベアトリスが草むしりをしながら話しかける。
「ねえ、ロゼ」
同じく、草むしりをしながらロゼールが応える。
「あの、その愛称は、いかがなものかと……私はベアトリス様から、ロゼールと呼んで頂きたいのですが」
「ぶうぶう! いいじゃない! 私が貴女をロゼって愛称で呼んでも! あと、必要以上の敬語もナシにしてね!」
ぶうたれるベアトリスを見て、ロゼールは無表情のまま、大きく息を吐く。
「ふう……ご命令であれば致し方ありません……かしこまり……いえ、分かりました。……何でしょう? ベアトリス様」
作法に基づき、いんぎんに言うロゼール。
対して、ベアトリスのいらいらがつのる。
彼女は身分の差を超えて、同じ匂いを持つ?ロゼールと仲良くしたいらしい。
「もう! ベアトリスって! 何言ってるの、ロゼは! ダメじゃない! 私をそんな呼び方しちゃ!」
「と、申されましても」
「いい? 私の事はベアトリスではなく! 愛称のベアーテで呼びなさい!」
「いえ、それはご命令といえど、出来ません。拒否させて頂きます。そのフレンドリーな、お呼びの仕方はちょっと……」
「ちょっと? 何故よ!」
「私はベアトリス様を親しくお呼び出来る、お身内ではありませんから」
「あ~! ひっど~い! 私の身内じゃないって、ロゼったら! すっごく冷たい言い方あ!」
「まぎれもない事実ですから。私は男爵の娘で身分も低いですし」
「構わないわよ! 私は気にしないから」
「いえ、私が気に致します。王族に準ずる血筋の、高貴な公爵家令嬢のベアトリス様と私は、単に師を同じくする『花嫁修業仲間』に過ぎません」
「何それ! 超つっめた~い!」
「それより……あのベアトリス様……何か、私へおっしゃりたい事がおありなのでは? 本題に戻りませんか?」
「ぶ~! ……もう! 仕方がない。ロゼも初日に脱走を考えたこの修道院の暮らしの事よ!」
「ええっと、まだ、たった2日経っただけですよ」
「いやっ! 起床時間が朝の4時なんて早すぎる! 草むしりなんて、すぐ飽きる! 食事の量が少なすぎる! 家事なんて、ウチの使用人がやるのに覚える必要がなさすぎる! 武道の鍛錬が出来なさすぎる! もうこれ以上、耐えられないっ! 今のスケジュールと方法で花嫁修業はお断りよ!」
「ふうう……根気と、忍耐力が著しく欠けていますね、ベアトリス様は」
「あ~! そんな事言えるの、ロゼは!」
「はい? 何の事でしょうか?」
「とぼけないで! ロゼ! 貴女はね、いきなり初日で嫌になり脱走しようとしていたから、2日間我慢してぶーぶー言う、私の事は責められないでしょ!」
「ええっと……それはもう、きっちりと封印した『黒歴史』です。それよりここの生活に耐えられないですか? ご自宅へお帰りになりますか?」
「いやよ! 絶対に帰らないわ! 父上に大見え張って出て来たんだも~ん! 教皇様や枢機卿様にも、『私に全て任せて』って言って来たんだも~ん!」
「ええっと……ベアトリス様と高貴な方々とのやりとりは、私に知る由もなく、関係もなく、知りたくもありませんが」
「もう! 何よ、それ! 本当にロゼはつっめた~い! ここでの暮らし、どうにかしてよぉ!」
淡々とした物言いのロゼールに、ベアトリスは地団太を踏んだ。
ロゼールは苦笑し、肩をすくめると、
「はあ……仕方がないですね。ベアトリス様、私にひとつ考えがあります。以前から検討してはいましたが」
「考え? 何? ロゼは以前から検討していたの?」
「はい、ダメもとで修道院長殿へ『改革』をかけあいましょう」
「修道院長へ『改革』をかけあう? ……多分ダメじゃない? あの人頭が固そうだから」
「確かに」
「それにロゼは、私が権力や権限で押し通すのが嫌いでしょ?」
「いえ、嫌いとかではなく、持てる者はそれを正しく、筋を通して使うのが責務かと存じます」
「何それ? ノブレスオブリージユって事?」
「はい、そうとって頂ければ……で、話を戻しますと、修道院長殿へ、ベアトリス様から、改革のご提案を致しましょう」
「ふうん……ロゼは、そういうのかかわりたくないんでしょ?」
「はい、基本的には。しかし先ほど、ここでの暮らし、どうにかしてよぉ! というベアトリス様の願いをお聞きし、私が受けた修道院長への恩を鑑みて、改革案を提案するのはやぶさかではありません」
「ふううん……で、どう言うの?」
「……逆にベアトリス様が、高貴な方々にどのようにご報告されるかです」
「私が?」
「ええ、このままでは、数多の女子がリタイアした件に関し、単に修道院長殿が猛反省され、悔い改めたという事実でしかありませんよ」
「まあ、確かにね。そう報告するしかないわ」
「でも、それでは、修道院長殿のプラスポイントにはなりません。彼女が大いに反省した上で、良き改革案を示し、ベアトリス様が大いに気に入り、しばらくは、このラパン修道院において、修業したいと身をもって感じた。そうご報告でおっしゃって頂ければ、修道院長殿は高貴な方々に対し、おぼえめでたくもなるでしょう。そして、花嫁修業志願の女子達もこぞって当院へ来るでしょう」
「すらすら」としゃべるロゼールの言葉をじっと聞いていたベアトリス。
「うふふ、ロゼール」
「はい」
「凄い『武辺者』だとは思っていたけれど、貴女、相当な『切れ者』ね。……分かった。改革案を練って、ともに修道院長の下へ行きましょう」
ロゼールの話を聞いたベアトリスは、笑顔で満足そうに頷いていたのである。
思い立ったが吉日だが、「決めるまでは熟考」する。
でも!
「決断したら、即行動」がロゼールのモットーである。
ロゼールは、ベアトリスを伴い、いきなり修道院長へ会うのは避けた。
失職されかけた修道院長が、ベアトリスから「大事な相談がある」と告げられたら、
どう反応するのか?
ロゼールは「修道院長が大いに緊張し怖がる」と予想し、確信したのである。
今回の件を、上手く円滑に運ぶ為には……
趣旨を事前に伝え、修道院長に良く理解して貰った上で、3人での話し合いに臨んだ方がベスト……
そうベアトリスを説得したのだ。
了解したベアトリスに対し……
ロゼールは『まず自分が単独で修道院長へ会う事』……
つまり『ワンクッション案』を提示し、こちらも了解して貰った。
と、いうわけで……
その日の午後9時過ぎ……夜のお祈りが終わった後、就寝までの自由時間。
今、ロゼールはひとり、修道院長室の前に居た。
とんとんとん!
ロゼールは軽くノックをし、
「夜分、失礼致します、修道院長、シスター、ロゼールです。ご相談があるのですが……宜しければ、お時間を頂けないでしょうか?」
と、扉ごしに声をかけた。
対して、
「はい、シスター、ロゼール。どうぞ! 扉にカギはかかっていません。入ってください」
と、弾むような声が戻って来た。
「失礼致します」
ロゼールは扉のノブを回し、修道院長室へ入った。
片側に実用的で地味なベッドが置かれ、
もう片側には書籍がいっぱい並べられた書棚。
質素な応接セット。
応接セットの脇には移動可能なワゴン台があり、台座にはお茶のポットとカップも数個ある。
そして正面には重厚な机が置かれ、
事務仕事をしていたらしい修道院長が、机と対となる椅子に座っていた。
……何度、この部屋で叱責され、叱咤激励もされただろう。
ロゼールはそう思うと感慨深い。
その時の修道院長は、いつも険しい表情で、口を「きりり」と真一文字に結んでいた。
速射砲のように、ロゼールへ厳しい言葉をたくさんたくさん浴びせていた。
しかし、絶体絶命の土壇場で、ずっと自分が𠮟責してロゼールが、
追放も恐れず身体を張り、懸命にかばってくれた……
修道院長は、かばってくれたロゼールに深く感謝するとともに、完全に変わった。
著しく言動が穏やかになり、全員に対し、極めて優しく振舞うようになったのだ……
……入室したロゼールの姿を認め、すっくと立ちあがった修道院長は、
柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな表情である。
「どうしました、シスター、ロゼール。ご相談とは、何か悩み事ですか? であれば相談に乗りますよ」
人間は変わって行く……
そして、いついかなる時でも、いかなる環境でも、リスタート出来る。
ロゼールはそう信じている。
自分みたいな若輩者が言うのはおこがましい。
だが、60代半ばを過ぎた修道院長ほどのベテランでも、やり直せる。
そう思うのだ。
修道院長に応接のソファを勧められ、ふたりは着席し、向かい合う。
ほんの少し雑談をした後、ロゼールは本題へ入った。
「……修道院長様、実は先ほどベアトリス様とお話ししまして……」
ロゼールがそう言うと、やはり修道院長の表情は曇った。
ベアトリスの指摘と彼女の存在がトラウマとなっているのかもしれない。
「このまま、ベアトリス様がお父上のドラーゼ公爵閣下、教皇様、枢機卿様へ現状を報告されると、修道院長様にとって、何もプラス面がないと思いまして……」
「どういう事でしょうか? シスター、ロゼール。ベアトリス様が現状を報告されると、何も私のプラス面がないとは……私は、己の犯した重き行いを心の底から悔いて、大いに反省しておりますが」
「それでは全然、不十分です」
「ぜ、全然、ふ、不十分ですか……」
「はい! ベアトリス様は、現在私と花嫁修業中です。ベアトリス様と修道院長様、おふたりで改革を行い、結果、ベアトリス様が身を持ってご体感され、大いに満足し、御三方へご報告をされれば、修道院長様の覚えがめでたくなります」
「ベアトリス様と私ふたり!? そ、それは……でもシスター、ロゼール、貴女は?」
「私は表へ出ない裏方で構いません。そんな事より、その結果、新たな花嫁修業希望の女子達が数多、参るでしょう となれば、評判が評判を呼び、ラパン修道院は栄え、修道院長殿の手腕も高く評価され、失策は払しょくされます。
「失策が……払しょくされる。犯したミスが消えるという事ですか」
「いえ、消えるどころか、大幅なプラスになります。となれば、ひいては在籍するシスター達も含め、皆が幸せになる事が出来ます」
「……シスター、ロゼール」
「はい」
「……また、私の為にわざわざベトリス様へ話して頂いたのですね?」
「いえ、それもありますが、ベアトリス様がこの2日で、既に『限界』に来ていましたから」
「げ、限界?」
「はい! ……いやっ! 起床時間が朝の4時なんて早すぎる! 草むしりなんて、すぐ飽きる! 食事の量が少なすぎる! 家事なんて、ウチの使用人がやるのに覚える必要がなさすぎる! 武道の鍛錬が出来なさすぎる! もうこれ以上、耐えられないっ! 今のスケジュールと方法で花嫁修業はお断りよ! 以上、原文ままという感じです」
「そ、そうだったんですか」
「ええ、たった2日で? 根気と、忍耐力が著しく欠けていますね、ベアトリス様はと、私が申し上げましたら、ロゼール、貴女はね、いきなり初日で嫌になり脱走しようとしていたから、2日間我慢してぶーぶー言う、私の事は責められないでしょ!……と、きっぱり反論されました」
「うふふ、成る程」
「それで、私が修道院長様へ前振りに伺い、教育係を担当して頂いているシスター、ジスレーヌ他のシスター達にもしっかりと聞き取りをした上で、現状のスケジュールや内容に関して精査し、改めてベアトリス様、修道院長様と、3人でご相談をしたいと思います」
「……話は良く分かりました。では、シスター達への聞き取りは、修道院長として、私も一緒に行いましょう」
「じゃあ、それも臨機応変でお願い致します」
「臨機応変ですか?」
「はい、今まで厳しくおやりになっていたので、修道院長様が一緒だと言いにくい事があるやもしれません。状況を見て、臨機応変で私と一緒に聞き取りを致しましょう」
「な、成る程」
「ベアトリス様と私だけの作業では、修道院長様が丸投げし、ノータッチという感も生まれてしまう。……という懸念もありますから」
「もろもろ了解しました、シスター、ロゼール。もしも聞き取りの際、シスターの誰かに尋ねられたら、許可に関しては、私から得ていると返してください」
「ありがとうございます。助かります」
「いえ、こちらこそ、ご尽力に感謝致します。皆さんが元気よくのびのびと花嫁修業が出来るよう、私もどう改革したらベストなのか、一生懸命に考えます」
修道院長は晴れやかな表情で言い、更に
「本当に本当にありがとうございます、シスター、ロゼール。創世神様と貴女へ感謝致します」
と、深く頭を下げたのである。
庭園、農場付きの広大な敷地、3階建ての巨大な本館を有するラパン修道院は、
修道院長など役職が上の者以外にも、シスター、職員全員に個室が与えられていた。
花嫁修業、行儀見習いに来る女子も同様である。
という事で、修道院長との打合せを終え……
花嫁修業中の見習いシスター、ロゼールは与えられた『自室』へ戻る廊下を歩いていた。
騎士として鍛錬を積んだロゼールは、体力、運動神経だけでなく、
五感も研ぎ澄まされていた。
……自分の部屋に他人の気配があるのを感じ、怪訝そうな表情をする。
誰だろうか?
大体、予想はつくのだが……
ロゼールは軽く息を吐き、扉のノブをがちゃりと回し、引っ張り、開けた。
やはりというか……
中には、ベアトリスがカップで飲み物を飲んでいた。
ロゼールを見て、「待ち人来たり!」という雰囲気で、嬉しそうに微笑む。
「うふふ、おっつう!」
お疲れ様と、ベアトリスからフレンドリーに言われても……
困惑したロゼールは渋い表情である。
「ベアトリス様! おっつうじゃないです。なぜ居るのですか? ここは私の部屋ですよ。それに紅茶も勝手に飲んでいませんか?」
「まあまあ、そう固い事を言わないの。お礼に私が紅茶を淹れてあげるから」
「……ベアトリス様がお礼? 直々に? ……後が怖いから遠慮します」
「はあ? ロゼったら、何、言ってるの? ここでは身分に関係なく、自分の事は自分でやる! でしょ。使用人なんか居ないんだから」
「だからこそ……です。紅茶を淹れるのは自分でやりますよ」
「いいから、ロゼ! 貴女の紅茶を貰った、ささやかなお礼なんだから!」
「はあ……そこまでおっしゃるのなら」
……意外にも? ベアトリスは紅茶を淹れる手際が良かった。
魔導ポットの熱いお湯でカップを温めてから、新しい茶葉をポットへ、
流れるような動作で、適温の紅茶を淹れた。
「へえ、お上手ですね」
ロゼールが褒めると、ベアトリスは満更でもないという表情になる。
「うふふ、教育係のシスター、ジスレーヌから丁寧に教えて貰ったから……私、結構、覚えは早いのよ」
「はあ、羨ましい限りです」
「ロゼだって、家事全般、そこそこいい線行ってるじゃない。充分、合格点だと思うわよ」
「いえ、ベアトリス様。どうせ習得するのなら、全てを極めたいと思っていますから」
「全てを極めたい? はあ~……ロゼは完璧主義なのね」
「ええ……そんなもんです」
「まあ、良いわ。それで、修道院長との打合せは上手く行ったの?」
「ええ、何とか、折り合いは付きそうですよ」
「そう……でも、こういう答えは曖昧なのよね~。万全ですとか、バッチリですとかきっぱりと言い切らないんだ」
「はあ、慎み深いのは美徳だと思っていますから」
「それ、慎み深いとは、違うと思うけど……まあ、良いわ。報告して頂戴」
「いえ、話すと長くなりますから……それに、そろそろ就寝時間ですし」
「簡単で構わないから」
「分かりました……では、お話しします」
そろそろ当番のシスターが就寝時間を告げに来る。
夜更かししていると、叱られてしまう。
ロゼールは、かいつまんで、修道院長とのやりとりを報告したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……ロゼールの報告が終わった。
まもなく就寝時間である。
「へえ! お礼まで丁寧に言ってくれたの? 凄いじゃない!」
「いえ、あの方なら、誠意を持って、話せば分かってくださると、私は確信していましたので」
「うふふ、成る程。それで、シスターと職員へ聞き取りをして、それをとりまとめて、私とロゼで精査。意見の出元は、クレームやトラブルを避ける為、無記名という形で修道院長へ提出。検討して貰うというわけね」
「はい、検討し、決定していくにあたっては、公開性をアピールして、ベアトリス様、修道院長様、私以外にも、数名シスターを入れ、場の全員で意見交換する会議形式で行くべきかと思います」
「ふううん……ロゼの考えはごもっともだと思うけど、それだと『船頭多くして船山に上る』状態になり、いろいろな意見が飛び交った挙句、紛糾するんじゃない?」
「はい、その可能性はゼロではありません。なので、進行と、とりまとめをベアトリス様にお願いしたいと思います」
「え~!? 私が? めんどくさい!」
「そういう事をおっしゃらないでください。ベアトリス様が大きな権限をお持ちになり、この修道院へいらした事は、全員が知っています。改革をするにあたり、かじ取りをして頂くのは責務です」
きっぱりと正論をロゼールに言われ……
「う~……分かったわよ。やれば良いんでしょ!」
「はい! お願い致します」
と、にっこり笑顔のロゼール。
「ロゼ、貴女って本当に押しが強いわね」
ベアトリスが言葉を戻すと、ロゼールは、
「はい、強い女子を煙たがる騎士隊の男子達とやり合って来ましたから!」
と、きっぱり言い切った。
「うふふ、そうよね。分かるわ……私もよ」
ベアトリスが同意し、ふたりが笑顔で頷き合った時。
扉の向こうから……
「就寝時間ですよ~!」
という当番のシスターの声が聞こえて来た。
その声を聞き、悪戯っぽく笑ったベアトリス。
「じゃあね! ロゼ、お休み!」
と言い、扉を開け、するりと出て行ったのである。
修道院長と打合せをした翌朝……
ロゼールはいつものように午前4時前に起床。
支度をし、4時30分前に礼拝所へと入った。
この時間は朝のお祈りをした後……
聖書に記された、創世神を称える『詩』を、各自が無言で読むのである。
しばらくすると……眠そうな目をしてベアトリスが入って来て、
当然というように、ロゼールの隣へ座った。
ベアトリスは座ってから、万歳をするように両手を突き上げ、大きなあくびをする。
苦笑したロゼールだが、ここは元気よく挨拶する。
「おはようございます! ベアトリス様」
対して、ベアトリスも柔らかく微笑む。
「おはよう! ロゼ 超、眠いわあ」
ベアトリスの声は大きく良く通る。
ロゼールは相手を怒らせないよう、やんわりと制止する。
「ベアトリス様。お静かに。今はお祈りと読書の時間、挨拶以外の私語は基本、禁止ですよ」
「わ、分かったわよ、もう! ロゼったら!」
と、その瞬間。
ロゼールの言う通り、シスター、ジスレーヌこと、
ふたりの教育担当ジスレーヌ・オーブリーがビシッと言う。
「ベアトリス様! 私語は禁止ですよ」
「やっば~! ロゼ、農場で話そ!」
ベアトリスは「ぺろっ」と舌を出し、聖書の詩へと視線を向けたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お祈りと読書の後は朝食である。
食事中も基本は私語は禁止だ。
ロゼールとベアトリスは食堂で、並んで食事を摂っていた。
修道院の食事は量が決まっている。
肉類は殆どなし。
野菜、卵、乳製品、魚などの献立が多く、日によっては卵がなかったり、食事の回数も減る。
ロゼールは騎士時代、厳しい訓練をこなすが、食欲も旺盛である。
「肉が食べたい~」と渇望し、「お代わりしたい~」と熱望もする。
育ち盛りのベアトリスも、食事が不満足らしい。
しかめっつらで、アイコンタクトを送って来る。
身分の差を超えて、ふたりの心の距離はまた少し近くなった?
という出来事であった。
という事で食事が終わり……
ふたりは農作業の為、修道院付属の農場へ……
他のシスター達とは少し離れた場所で、農作業をするロゼールとベアトリス。
農作業中も私語は禁止なのだが……
他の場所だと目立ちすぎるし、すぐ注意……教育的指導が入ってしまうのだ。
「さあって! やっと相談出来るわね、それでロゼ」
「はい、ベアトリス様」
「昨夜貴女から聞いた、私が取りまとめるという事に関して、段取りは具体的にどうなるの?」
「はい、目的はあくまでも修道院の改革であり、花嫁修業、行儀見習いを行う女子達が、厳しいながらも楽しく修業出来る事が肝要です」
「うん、その通りね。今回出た苦情に対し、修道院長が対応した形にすれば、基本的に問題ないと思うわ」
「ですね」
「ええ。改革したら、創世神教会の教義に基づいた、本来の修道院の生活とは少しかけ離れるけれど、私達嫁入り修行者は正式なシスターではなく、『お客様』だからね」
「はい! その辺りを修道院長様もご理解頂きました。そして、改革を前提にして、全シスターへ聞き取りをする事となりました」
「全シスターへ? うふふ、それは大変ね」
「ええ、結構手間がかかると思います。それと、修道院長の了解を得た、改革の聞き取りだと、シスター達には伝えて良いと言われました」
「へえ! ばっちりね」
「はい、なので、シスター達への聞き取りは基本、私が行います。修道院長にも手伝って頂けそうなのでベアトリス様は、私の報告をお待ちになって、その報告をとりまとめてください」
しかしベアトリスは、首を横へ振った。
「嫌よ、そんなの」
「お嫌ですか?」
「ええ! 私も、ロゼと一緒にシスター達へ聞き取りをするわよ」
「……分かりました。では一緒に作業して頂けますか?」
「了解! その後は?」
「はい、聞き取った内容を集計、精査し、修道院長様と相談し、とりまとめたものをベアトリス様へご提出するつもりでしたが……」
「じゃあ、私、ロゼ、修道院長、あとシスター達から代表を2,3名入れて相談し、会議をする形で、改革の最終案を決めれば良いわ」
「了解です。ありがとうございます、ベアトリス様。とても良いアイディアです」
ロゼールから褒められ、ベアトリスは嬉しそうである。
「うふふ、そう?」
「はい! シスター達から代表者に入って貰い、打合せが出来れば、後々、現場との行き違いがなくなると思います」
「うんうん! それで最後に私から、教皇様、枢機卿様へ最終報告をあげて、改革案の了承を得ればOKと。……修道院長主導という事にしてね」
「はい、ベアトリス様。それで完璧です」
「じゃあ、ロゼ。後で、ふたり一緒に修道院長の下へ行きましょう」
「はい!」
と、ふたりの打合せがまとまった瞬間。
「ぎゃ~っ!!!」
「ば、化け物が攻めて来たわよおっ!!」
「た、た、助けてぇっっ!!」
「創世神様ああ!!」
ラパン修道院に、シスター達のつんざくような悲鳴が響き渡ったのである。
ふたりの『打合せ』がまとまった瞬間。
「ぎゃ~っ!!!」
「ば、化け物が攻めて来たわよおっ!!」
「た、た、助けてぇっっ!!」
「創世神様ああ!!」
ラパン修道院に、シスター達のつんざくような悲鳴が響き渡った。
これは!
ただごとではないっ!
ロゼールの、そしてベアトリスの表情が「きりっ!」と引き締まる。
「ベアトリス様! 邪悪な気配が! この農場に!」
「うんっ! ロゼ! 感じるわっ! とてつもなく、おぞましい気配を感じるわね!」
魔物と戦い慣れたロゼールは、最初こそ驚いたものの、
落ち着いている。
既に彼女のモードは、花嫁修業中の『見習いシスターモード』から、
『歴戦の騎士』へ、つまり『女傑モード』へと切り替わっていた。
「ベトリス様。まず、農園に居るシスター達を、誘導して、修道院内へ避難させましょう」
「分かった。誘導して、院の正門を固く閉ざす。救援が来るまで持久戦って事ね」
「はい、ベアトリス様! さすがです! まずは奴らを倒しながら、道を切り開きましょう! 倉庫に害獣撃退用のメイスがいくつかあったはずです。それで私はベアトリス様をお守りします!」
ロゼールはそう言うと、倉庫へ向かって脱兎の如く駆け出した。
騎士隊で鍛えに鍛えたとんでもないダッシュ力である。
しかし、何と何と!
信じられない事に!!
ベアトリスが「ぴたっ!」とついて来るのだ。
鍛え抜かれたロゼールの体力に引けを全く取っていない……
ベアトリスは『上級貴族のお嬢様』
なのに、信じられない脚力である。
更に驚くことに、息も切らしてはいない。
彼女は不敵な笑みを浮かべているのだ。
「ふっ、何言ってるの、ロゼ」
さすがのロゼールも驚いた。
「ベ、ベアトリス様!?」
「当然! 私も戦うわ」
「でも……」
「反論無用! ……ロゼ、貴女と一緒よ」
「私と同じ?」
「戦うどころか、訓練もろくに出来ない生活にストレスMAX。この非常時なのに、貴女の顔は『にこにこ』しているんだもの……これで思い切り、暴れられるとね」
ベアトリスは、ロゼールの気持ち、本質をしっかりと見抜いていた。
騎士隊の仲間よりも、否! 両親よりも!
「成る程、……分かりますか」
「あはは! 分からいでか! 言ったでしょ、ロゼ。貴女には私と同じ匂いを感じるって……私もストレスMAXなのよ」
お互いに強いシンパシーを感じ、顔を見合わせニッと笑ったロゼールとベアトリス。
倉庫の扉を開けると中へ飛び込んだ。
一角に、害獣撃退用のメイスが10振りほど置かれていた。
ふたりはそれぞれ、メイスを手に取った。
ここで補足しておこう。
ポピュラーな武器なのでご存じかもしれないが……
メイスとは、棍棒の先端や各所へ金属製の『加工』をして、重量を増し、
更に加工品の形状も工夫して、破壊力を増すようにした武器である。
加工品は、鋼鉄の塊であったり、更にスパイクというとげ的な形状のものもある。
また先端、全体を含めて、メイスの形状は多種多様だ。
メイスは剣や斧のように刃で斬るという攻撃ではない。
ハンマーのように、打撃で相手にダメージを与える武器である。
メイスは、古代からあった武器であるのだが……
金属製の鎧が普及すると、需要が一気に増えた。
その凄まじい打撃力が、金属鎧に対し、刃を弾く剣よりも、
敵に深いダメージを与える事が可能だからだ。
また攻撃で刃のように、あからさまに血を見せない?事から、
『聖職者』が使うという武器でもあったらしい。
という事で、この修道院には、狼、猪、熊などの害獣に対する撃退用、護身用としてメイスが置かれていたのだ。
倉庫に置かれていたものは、女子向けで若干、小型だが……
それでも結構な重さのメイスを、ロゼールだけでなく、
ベアトリスも、「ぶん!」と、軽々と素振りをする。
ロゼールが少し驚いた。
「成る程……ベアトリス様のお噂は本当だったのですね?」
「噂? オーガを倒した事? ……半分はね」
「半分? 噂がですか?」
「ええ、グーパン一発は大げさだけど」
「え? 大げさ?」
「うん! でもね! オーガ数体じゃなく、倍以上を倒したわ! 実は『10体』を殴殺したのよ、私、うふふ♡」
「ええええ!? オーガ10体を素手で!?」
「うん!」
何という事でしょう!
『オーガスレイヤー』の称号は本物であった。
それも10体を拳で殺したというのだ。
そこへ教育担当のジスレーヌと、同じく元騎士のシスター4人が飛び込んで来た。
「ここでしたか! ベアトリス様。そしてロゼも……」
頷いたジスレーヌ。
どうやらベアトリスの安否を心配し、探していたらしい。
「非常事態です! おびただしい数のオークの襲撃です! さあ、ベアトリス様! お守り致します! 院内へ避難しますよ! ロゼも協力して!」
ジスレーヌの物言いを聞き、ベアトリスが不快そうに、
眉間にしわを寄せる。
「どういう事? ジスレーヌ……シスター達を見捨てるの?」
対して、ジスレーヌはきっぱりと。
「優先順位です。少なくともオークは100体以上居ります! まずは何を差し置いても、ベアトリス様の安全が第一ですから」
しかし、ベアトリスはきっぱりと言い放つ。
「ダメよ! 却下! ここに居る7人で戦って、シスター達全員を守るの。修道院内へ誘導するわ! 丁度、武器もあるしね!」
「えええ!? で、でも!」
「ジスレーヌ!」
「は、はい!」
「時間がないわ! 反論無用!」
「は、はい!」
青ざめるジスレーヌへ、ぴしゃりと言ったベアトリスは、ロゼールへ向き直る。
「ロゼ!」
「はい!」
「貴女が、私達の指揮を執って頂戴! 遠慮しないで! 頼むわよっ!」
ベアトリスは、やはり気高さを、
そして心身ともに、底知れぬ強さを持った女子である。
更に更に!
自分を本当に良く理解してくれている!
『女傑』が『女傑』に惚れた!!
ロゼールの心が、気合で「ごうごう!」と激しく燃えて来る!!
「はいっ! 了解致しましたっ!」
背筋をピンと伸ばし、直立不動となったロゼールは、
「びしっ!」と敬礼していたのである。
「はいっ! 了解致しましたっ!」
背筋をピンと伸ばし、直立不動となったロゼールは、
ベアトリスに対し、「びしっ!」と敬礼していた。
と同時に、ロゼールは、ぱぱぱぱぱ!と思考を働かせる。
敵はオーク100体!
自分が盾となり、先頭に立って戦い、後衛をベアトリスにフォローして貰う!
作戦は決まった!
「ベアトリス様!」
「おう!」
「私が先頭に立ち、後衛をベアトリス様で、手あたり次第、オークどもを各個ガンガン撃破し、襲われているシスター達を助けます!」
ロゼールが言い放つと、ベアトリスはニッ笑う。
「おう! 了解! ロゼとなら、オーク100体如き、楽勝だわ!」
次にロゼールはジスレーヌへ、
「はい! そしてジスレーヌ姉!」
びしっと通る妹分の声を聞き、元騎士のジスレーヌは気合が入った。
「は、はいっ!」
「私達が助けたシスター達を順次回収し、5人で戦いながら、本館へ撤退してください! ……以上!」
「りょ、了解!」
「では! 全員武器を取り、出撃!」
ロゼールは全員へ号令をかけた瞬間、すぐメイスを取り、外へ飛び出した。
ベアトリスもメイスをひっつかみ、ロゼールの後を追った。
ジスレーヌ達5人もメイスを持って続いた。
ロゼール達7人が外に出ると、農場は『地獄絵図』と化していた。
あちこちで、逃げ惑うシスター達をオークどもが襲っているのだ。
捕まえたシスターの服をちぎっているオークも居た。
オークどもは人間の女子を乱暴! ……するのだ!
ぎゅ!と唇をかみしめたロゼールは、更に速度をあげ、
捕まえたシスターに馬乗りになっていたオークの頭を!
メイスで思い切り薙ぎ払った。
どごおおっ!!
凄まじい音がして、あっさりオークの首が折れ、真横になった。
当然オークは絶命し、崩れ落ちた。
さあ! まず1体!
次っ!
すぐそばでも、シスターがオークに羽交い絞めにされていた。
背を向けたオークは捕まえたシスターに夢中で、ロゼールが仲間を倒した事に全く気付かない。
卑怯もへったくれもない!
ロゼールは背後から、オークの脳天に思い切りメイスを振り落とす!
どごお!!
オークの頭がぺしゃんこになり、あっさり崩れ落ちた……絶命!
よし!
1か月のブランクは関係ない!
行けるっ!
後続に、ジスレーヌがついて来ているか、分からない。
しかし、構わず、ロゼールは大声で叫ぶ。
「ジズレーヌ姉、ふたり、助けたっ! 回収宜しくっ!!!」
「了解!」
という声が聞こえたような気もしたが、ロゼールは後ろを振り向いている余裕がない。
助けたシスターを、大丈夫かと労わる余裕もない。
次から次へと、襲われているシスターを助けるしかない。
ぐずぐずしていたら、「アウト!」になってしまうから。
そして!
ベアトリスの安否を気遣う余裕もない!
ただただ『ひとりの戦鬼』となり、群がるオークをひたすら倒すのみ。
その時!
「おらおらおらおらあ!!!」
聞き覚えのある声が辺りに響き、
どご! ばご! がん! どかっ!
と、重く肉を打つ音も響いた。
あ!
ベアトリス様だ!
一度に!?
よ、4体も!?
や、やっつけた!?
うっわ!
さっすがあ!
やっるう!!
私も負けていられないっ!
瞬間!
大きな気配を感じた。
ハッとしたロゼールが見やれば……
リーダーらしき筋骨隆々の上位種――
3m近くある突然変異種の大型オークがひとりのシスターを襲っていた。
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
自然と気合が入った声が出ていた。
リーダーの大型オークもロゼールに気付き、捕またシスターを放すと、
ごっはあああああああああああ!!!
大きな口を開け、牙をむきだし、凄まじい声で咆哮した。
しかし!
ロゼールは猛ダッシュ!!
全く臆さず、正面から飛び込みジャ~ンプ!!
リーダーオークが手を伸ばし捕まえようとする、遥か上空を飛び、脳天へメイスを、
どっごおおおおおおおおおおおおおんんんんんんんんん!!!!!
と、思い切り振り下ろし、頭を粉砕していた。
リーダーオークを倒したロゼールは、
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
と再び鬨の声をあげた。
リーダーが死んだ事実は、暴れていたオークどもへあっという間に伝わった。
頭を潰された群れは脆い……
そしてロゼールに呼応するように、ベアトリスも吠えた。
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
「おおおおおおおおおっっっ!!!」
ロゼールも応じて吠え、農場には猛獣女子ふたりの咆哮が満ちた。
自分達を遥かに凌駕する猛獣……否!
地獄から来た魔獣女子!!
それが2体も居る!
逃げ腰となったオーク達の心が完全に恐怖で染まった。
ひええええおおおおっっ!!
ひいいいいいおおおっっ!!
ぎゃっぴいいいいいっっ!!
悲鳴をあげ、逃げ惑うオークどもを、
ふたりの猛獣女子は次々に倒して行く……
勝負は決まった!
結局ロゼールとベアトリスは、たったふたりで、
襲って来た約100体ものオークをあっさりと倒したのであった。
……そもそも、未開の原野と違い、レサン王国王都グラン・ベールの近郊は、
騎士隊や王国軍により討伐され、魔物は殆ど居ない。
更に定期パトロールをひんぱんに行い、通報があればすぐ討伐軍が差し向けられた。
結果、ここ50年ほどは、魔物の襲撃が殆どなかった。
それゆえ、王都郊外にあるラパン修道院も専任の警護の女子騎士、女子の兵士を置かず、
騎士隊OGジスレーヌ達、武道に長けたシスター数人を警護役として兼任させる形で、対応していたのである。
そのような中、突如起こった大事件であった!
ラパン修道院農園へ押し入り、シスター達を襲って来た恐ろしい魔物オーク100体余り。
人間女子に対し、異様な執着を見せる鬼畜なオークどもは、欲望をむき出しにして、うら若きシスター達を襲った。
しかしそんなオークどもを撃退、否! 完全に討ち滅ぼしたした魔獣のような女子がふたり居た。
それは、歴戦の男子騎士をも蹴散らす『女傑』と謳われた、元騎士のロゼール。
オークよりはるかに強いオーガを圧倒する『オーガスレイヤー』と謳われたカリスマ貴族令嬢ベアトリス。……のふたりである。
ロゼールとベアトリスは謳われる通り、圧倒的な強さを示し、オークども100体の殆どをを討ち果たした。
激戦の末、勝利し、見つめ合うふたり。
命を懸け、ともに戦った事で、ロゼールとベアトリスの間には、
確かな心の絆が生まれていた。
さてさて!
激しい戦場となった農園には、ふたりに倒されたオークどもの死骸があちこちに散乱していた。
幸いと言うか、襲われたシスター達は、魔獣女子ふたりの奮戦により、
奇跡的に乱暴もされず、命も取られず、全員が軽い『かすり傷』『打ち身』で済んでいた。
すんでのところで救われたシスター達は大いに安堵し、
メイスを持ったままのロゼールとベアトリスの下へ全員が集まっている。
集まったのはまた、オークどもが襲って来たらと思うと不安らしい。
ベアトリスは、自分が救ったシスターをそっと抱きしめ、優しく背を撫でている。
ロゼールへ話しかける。
「ふ~っ、ロゼ、何とか、犠牲者を出さずに済んだわね」
対して、襲われたショックから号泣するシスターを慰めながら、ロゼールも大きく頷く。
「ええ、ベアトリス様」
「でも、ちょっとだけ、悔しいわ。ロゼに美味しいところを取られたからね」
「え? 美味しいところですか?」
「そうよ。突然変異らしき、上位種ので~っかい親玉の討伐は、ロゼに譲ちゃったもの」
「ええっと……乱戦でしたし、たまたま、めぐりあわせですよ」
「まあ、良いわ、そんな些細な事は。こうやって全員無事だったし、私もオークどもをぶっ飛ばして、久々にす~っとした。良いストレス解消が出来たわ」
心底お嬢様のベアトリスだが……
シスターを守る為、自ら身体を張り、オークの群れに立ち向かい戦った。
普段は上級貴族特有の気高さを見せながら、気さくで親しみやすい部分も多い。
そして圧倒的に強い!
ロゼールは、そんなベアトリスを好ましく思う。
「ええ、私もです。結果良しの上、お互いにす~っとしましたね」
と、そこへ。
「ベアトリス様あ! ロゼぇ!」
教育担当のジスレーヌが2名のシスターとともにやって来た。
彼女と元騎士のシスター達は、
ロゼールとベアトリスが救ったシスター達を出来る限り回収し、本館へ連れて行く作戦であった。
ジスレーヌの表情は明るい。
どうやら作戦は成功したようだ。
背後についているのは、青ざめた修道院長である。
ジスレーヌが連れて来たらしい。
おびただしいオークの死骸が転がる農場を見て、修道院長は小さな悲鳴をあげる。
「ひえっ!? こ、こ、これはっ!?」
驚く修道院長へ、ジスレーヌが応える。
「修道院長様、私がご報告した通りですわ」
「報告した通りって……ま、まさか! ベアトリス様とシスター、ロゼールのたったふたりで100体以上ものオークを!?」
ここでずいっと前へ出たのがロゼールである。
魔物との戦いを、戦場を散々経験しているロゼールは、
『戦鬼モード』から、既に『通常モード』へと戻り、淡々と言う。
「修道院長様、驚くのは、後にして頂ければと」
「え!?」
「ご対応を優先致しましょう。簡単に報告を致します。今回のオークどもの襲撃、撃退しました。幸い死者や重傷者は居りません。軽傷者のみで、全員の操も守られました。まずはこの場の全員で本館へ行き、正門を固く閉ざし、数人の警備を置き、安全を確保した上で、軽傷者の手当を! と同時に、襲撃でひどくショックを受けた者もおりますから、丁寧なメンタルのケアを。回復魔法、鎮静魔法の行使を担当のシスター方へお願い致します」
はきはきと言い、指示を出すロゼールを見て、
「さすがね!」とベアトリスはにっこり。
「ええ、修道院長さん、軽傷を負った者は居るけど、命や操を失った者は皆無。但し、襲われた事による精神的なダメージが心配だから、しっかりとケアしてくれる」
「は、はい! かしこまりました!」
ベアトリスのダメ押しが利き、修道院長は大きく頷いた。
自分の指示が通りにっこりしたロゼール。
今度はジスレーヌへ問いかける。
「ジスレーヌ姉、作戦の守備、本館の様子、それと襲撃報告の、救助以来の緊急魔法鳩便は飛ばしましたか?」
騎士隊の後輩の問いかけにジスレーヌは微笑む。
「うふふ、ばっちり、全員ケア出来なくて申し訳なかったけど、私達も10体オークを倒し、5人護衛して本館へ連れて行ったわ。当然無事で、ケガもない。本館は念の為、ふたりが正門に張り付いている。当然正門は固く閉ざしてね。魔法鳩便は修道院長様が、襲撃があって、すぐに飛ばしたわ」
「ではまもなく騎士隊か、王国軍が救援に赴きますね! ……もろもろ、把握致しました。ありがとうございます」
ロゼールは、ジスレーヌへ一礼。
更にベアトリス以下、全員へ告げる。
「では、そろそろ本館へ移動を。私とベアトリス様が先頭に立ち、周囲を警戒しながら戻ります。けして油断せずに、気を引き締めてください。オークの残党が居るやもしれません。全員注意し、本館へ無事入るまで、警戒を怠らないようにしてください」
一気に指示を出したロゼール。
そして、
「ベアトリス様、お疲れのところ、恐縮でお手数ですが、ご一緒に、本館まで修道院長様以下、シスター達の護衛をお願い致します!」
真剣な眼差しで指示を出すロゼールに対し、
「OK! 任せて! 行きましょう!」
と、ベアトリスは笑顔で大きく頷いていたのである。
ロゼール、ベアトリスと、ジスレーヌ、元騎士のシスター達護衛の下、
修道院長以下、シスター達は無事、本館正門前にへ到着した。
正門の向こう側には……
ロゼールと同じく、ジスレーヌの後輩である元騎士のシスターふたりが、
スキなく身構えていた。
そして帰還したロゼール達を、強張った表情で睥睨している。
ここはジスレーヌに、開門を指示して貰った方が良いだろう。
ロゼールは、
「ジスレーヌ姉、宜しく!」
と、口調へ力を込めて、伝えた。
宜しく! の一言で、意思が通じ合う。
騎士隊で、ツーと言えば、カーと言う間柄であった賜物である。
「分かったわ、ロゼ」
と、応えたジスレーヌは、後輩をびしっ!と見据え
「……私よ! 今、戻ったわ。軽傷者は居るけど、全員無事だから安心して!」
「はいっ! シスター、ジスレーヌ!」
「一旦警戒を解いて開門! 私達が敷地内へ入ったら、すぐ閉門して!」
「はっ!」
さすが長年騎士隊で戦った先輩後輩である。
これまた、打てば響けと言わんばかりに、短い最低限のやりとりで意思が通じ合った。
「がらがらがら」と正門が開けられた。
ここで、ベアトリス以下へ指示を出すのは、総指揮官ロゼールの役目である。
「さあ! 全員! 急いで中へ! 負傷者を労わりつつ速やかに!」
そんなロゼールを、ベアトリスがフォロー。
こちらも、阿吽の呼吸、タイミングが完全に一致している。
「さあ! 元気な人は負傷者に手を貸してあげて!」
「「「「「はいっ!」」」」」
という事で、全員が無事に敷地内へと入った。
瞬間!
即座に「がらがらがら」と正門が閉められた。
すかさずロゼールの指示が飛ぶ。
今度は修道院長へ、だ。
「修道院長様!」
「はい!」
「回復魔法で、負傷者の治療をお願い致します! 救援が来るまで、本館からは一歩も外へ出ないよう、シスター達へ厳命してください!」
「は、はいっ!」
「では、正門の守りを交代します。私が見張っています! ベアトリス様」
「おう!」
「ジスレーヌ姉!」
「はい!」
「シスター達と一緒に本館で休養を取ってください! 敵も討ち果たしたし、反撃はもうないでしょう。そして、この正門は頑丈です! 万が一反撃があっても、私ひとり、いやもうひとり居れば十分ですから!」
とロゼールが言えば、
「はいっ!」
と、すかさず手を挙げたのはベアトリスである。
「ベアトリス様」
「そのひとり、私が立候補! 反論無用!」
そして、ジスレーヌも。
「ふたりの教育係の私も立候補! 3人で正門を守り、救援を待ちましょう! 反論は無用ね」
「ええっと……」
少し戸惑うロゼールに対し、ベアトリスとジスレーヌは顔を見合わせ、にっこりと笑ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
騎士隊OGのシスター達に先導され、修道院長とシスター達は本館へ引き上げて行った。
残ったのは、ロゼール、ベアトリス、ジスレーヌである。
改めて、正門の外を見たが敵の気配はない。
ここで初めて、ロゼールが安堵の息を吐く。
「倒したオークどもが不死者化する恐れはありますが、救援隊が来るまでくらいなら、ただの死骸になっているでしょう」
捕捉しよう。
この世界では、魔物の死骸を放置すると、不死者化すると言われている。
不死者……とは文字通り死んでいない、死にきっていない。
かつて生命体であったものが、すでに生命が失われているにもかかわらず活動する、超自然的な存在である。
亡霊、ゾンビ、吸血鬼等が含まれるが、ここでロゼールが言っているのは、
イメージとして、倒したオークの死骸がゾンビになる事だ。
しかし、ベアトリスは不敵に笑う。
「オークゾンビ? 結構じゃない、地獄へ送り返してやるわ! この3人ならば簡単に出来るでしょ?」
すると、ジスレーヌもにっこり。
彼女もベアトリスの戦いぶりを見たのは初めて。
並みの騎士を遥かに超えたベアトリスの強さに感嘆。
「噂通り」と納得していたのである。
「うふふ、そうですね、ベアトリス様」
「うふふ、分かってるじゃない、シスター、ジスレーヌ。あ、そうだ!」
ベアトリスは、はたと手を叩く。
「警戒しながら、ただ救援を待つのも芸がないわ。ねえ、ロゼール」
アイコンタクトを送って来るベアトリス。
対して、ロゼールは大きく頷く。
不思議な事に、ベアトリスの考えている事がはっきりと分かるのだ。
「……成る程、確かにそうですね。修道院改革案の共有をジスレーヌ姉としておきましょう」
言葉が少なくとも完璧な意思疎通が出来て、ベアトリスも嬉しそうである。
「ピンポーン! と、いう事でシスター、ジスレーヌ、宜しくね!」
「了解です!」
と元気に答えるジスレーヌ。
3人は門外をしっかりと警戒しながら、修道院改革案を話し合い、共有した。
これで、騒動が収束したら、打てば響くように、
すぐ修道院長と改革案が話せるに違いない。
約1時間後……
騎士隊50名、王国軍100名の計150名が、救援部隊として、
ロゼール達3人の前に現れたのであった。