21歳って、十分ガキじゃない。そこまでは言わず、彩響はただ相手をじっと睨みつけた。すると、雛田くんがテーブル越しから体を差し出す。だいぶ顔と顔の距離が近づいたその瞬間、彼が自信溢れる声でこう言った。

「彩響ちゃんって、今30歳でしょう?9歳差なんて、大した差でもないじやん。だから今ここではっきり言っておくよ。あんたは俺のこと好きになる。間違いなく、絶対に。」


もうここまで来ると、さすがに呆れて笑いが出る。こんな戯言に付き合うだけ無駄だ。彩響はそのまま立ち上がり、玄関の方へ向かった。後ろから雛田くんが追いかけながら聞いた。


「夕飯はどうする?家で食べる?」

「いいえ、食べません。あとはご自由にどうぞ。では。」


彩響は見せ付けるように玄関を閉め、そのまま外へ向かった。会社に着くまで、やはりこの妙なイラつきは消えそうになかった。



「ふぅ…」


また一夜を会社で過ごしてしまった。

静かなオフィスで、彩響は窓越しの空を眺めていた。朝日が昇る風景を見ながらコーヒーを飲むのも、一体これで何回目だろうか。

彩響は机の上においてあったドーナツを癖のように口の中に入れた。そしてその甘い感覚が口の中に広がった瞬間、ふと家にいる『クソガキ』のことを思い出した。会社に来た瞬間から原稿チェックだなんだで忙しくて一瞬忘れていたけど、思い出すとまたイライラしてきた。


(仕事もちゃんとしてないくせに、知ったような口を利きやがって…。)


親の金で楽に大学に通って、暇なときは友達とかと遊んで、せいぜい心配することは交友関係とか、テストくらいしかないのだろう。なのに、こんなに複雑な大人の事情に口を出すなんて、やっぱりムカつく。


「ああ、もう!」


ムカついたせいか、普段一番好きなチョコレート味もなんだか嫌になる。彩響はそのままドーナツの袋を閉じた。