そこからは彩響も知っている話だ。彩響の家に来て、色々と無理した結果熱を出して今ここにいる。改めて聞くと、彼が今までどんな思いで頑張ってきたのか分かる。最初何の心配もなく、テストだけが人生の一番の悩みの暇な学生かと思っていたのに。そんな昔の自分が恥ずかしくて仕方がなかった。


「なんか、ごめん。人の事情も知らずに勝手に暇な学生とか言って。」

「いいよ、大抵の学生は本当にそうだから。そして俺だって、最初は彩響ちゃんのことお金しか知らない冷たい大人だって思ってたから、お互い様。」

「お金しか知らない冷たい大人」なんて、あまりにも自分にぴったりなあだ名で、怒るどころか逆に笑いが出る。彩響が笑うと、林渡くんがこっちの様子を探るのが見えた。


「怒らないの?」

「だって、事実だし。お金が最高だと思うのは、まあ…今も変わってないけど。」

「でも、彩響ちゃんも大昔からそんなこと考えていたわけじゃないでしょう?」

あ、この質問は…。


なぜ自分がこうなったのかを語るには、どうしても「あの人」のことを話すしかない。きっと林渡くんもそれを知ってわざと聞いているんだ。適当に誤魔化すのも一つの手だけどー今日はこういう状況だからなのか、話したくなった。ただのクソガキだと思っていた、この9歳も年下の若い家政夫くんに。

「私の両親は、私が物心つく頃からずっと仲が悪かったよ。一回喧嘩する度に家中の物が壊れて、父が母を殴るのも珍しいことではなかった。その度に母は私に「あんたがいるから仕方なく耐えてる」と言っていて、私は自分が生まれたこと自体悪かったと、ずっとそう思っていた。」

なにかしらの理由で母を怒らせると、容赦なく叩かれた。そしてこう言った。「誰のためにクソ野郎と一緒に住んでいる思ってるの?」それを聞く度に、どうしようもない感情で苦しかった。結構時間が経ってから、その感情が「罪悪感」っていうものだということに気づいた。

「中2の時、二人が離婚したときは、ほっとしたよ。もう二人で喧嘩するのを見るのはうんざりだったから。もちろん、こんなこと口にしたら、『血も涙もないやつ』って言われるから、悲しいふりをした。」


娘は母の感情をすべて理解し、すべて分かってあげるべき。そう思った母は、少しでも自分のことに共感できないふりをすると、叫ぶのはもちろん、ボコボコに殴った。

でも必ずしも母の言葉通りにすれば良い訳でもなくて、同じことを言ってもある日は怒って、ある日は笑ったりすることもあった。毎日母の様子を探ることで頭が一杯で、家では本当の意味で心を休ませることもできなかった。

「私は母が引き取ることになって、そのまま住んでた家から出て、二人で小さいアパートで住むようになったけど…母は専門職でも特別な技術を持っていた訳でもなくて、そこからはスーパーのパートを転々。

もちろん、収入は少なく、貧乏暮らし。父と別れたから平穏な生活になるかもと期待してたのに、貧乏生活にストレスを受けたせいで、母は相変わらずーいや、もっと酷くなった。些細なことですぐ怒って、私を殴って、なにか私が自分の気にいらないことをすると『父親そっくりのあんたなんか出てけ』と言って家から追い出した。」


ー父親そっくりの顔、気持ち悪い。この家から出ていけ。

なにがそんなに母を怒らせたのか、十数年も前の出来事だからもう詳しいことは覚えていない。その日もなにかにブチギレた母に暴言を吐かれ、家から追い出された。

12月の寒い日、服もちゃんと着られないまま、夜道を彷徨った。誰もいない公園のブランコで夜空を見上げ、ずっと泣いた。あの時輝いていた星の光は、今でも心の中で痛い記憶で残っている。


「…私だって、なんとか母の役に立ちたくて、アルバイトなりなんなり必死で頑張ったのに、母はいつも『あんたを育てるのにどれだけお金がかかると思ってるの?!こんなちっぽけなお金稼いだくらいで偉そうに言うな』と言って私の努力を認めてくれなかった。母の人生が孤独で辛かったのは知っている。

でも、だからといって私の人生が決して楽だった訳でもない。夢を見ることも許されず、ただ母が望む理想の人生を歩むためにーいや、その前に、産んでくれた母にどんな形でもいいから愛されたくて、言われた通りの人生の課題を一つずつクリアしようとしていた。」


ー「彼氏?頭でもおかしくなったの?バカバカしい。そんなのは、デート費用の心配がないときにしなさい。」