彩響の話を聞いていた雛田さんはしばらく黙り、手に持っていたペットボトルのお茶を一口飲んだ。そしてこう言った。


「どうしてそう思うんですか?」

「…え?」

「血が繋がっているかどうかは、関係ないでしょ。林渡は血が繋がっていないから母を嫌っているわけではありません。嫌うそれなりの理由があるし、それを『家族だから』という理由で無理やり考えを直すよう説得するつもりもありません。もちろん、一時期は、私も少しは円満な関係になって欲しいと思ったりもしましたが…。それは決して林渡のためにならないって、そう教えてくれたのは峯野さん、あなたですよ?なのにご自身はそんなことを言うのですか?」


思いもしなかった強い発言にびっくりする。どうしたんだろう、いきなり大声出して。焦る彩響を察したのか、雛田さんはかるいため息をつき、言い続けた。


「すみません、勝手に熱くなって。でも、こういう話を聞くと、どうしても色々と思い出してしまうんです。峯野さんもきっと、お母さんに愛されたくて色々と努力してきたのでしょう。」

「それは、まあ…自分なりには努力してました。」

「そうでしょう?林渡もそうでした。幼い子が必死で努力するのに、ずっと冷たかった母のことを今でも許すことは出来ません。」

きっとこの人も、林渡くんと同じ立場で、継母に色々と悪い感情を持って育ったのだろう。いつも穏やかな顔がここまで悲しくなるのは、間違いなくそういうことだ。

「もう血とかなんとか、そんな言葉に取り憑かれる時代でもないと思います。大事なのは心です。心さえ通じ合っていれば、家族になれるし、逆に家族だから何をやっても良い訳じゃない。だから峯野さん、あなたももう少し肩の力を抜いて、もう少し気楽にいて欲しいです。」

(そう言われても…簡単に力を抜けるはず、ないのに。)

色々言っているけど、あなたも結局家族だから弟のことを気にしているのでは?ーこんな疑問が頭をもたげるけど、彩響はあえてなにも言わないことにした。黙ってペットボトルを飲む彩響に、再び雛田さんが声をかける。

「話がズレましたけど、峯野さん。あなたには改めて感謝を言おうと思ってました。」

「いや、今日のことはもう…。」

「いいえ、今日のことはもちろんですが、それだけではありません。まず、林渡を雇ってくれてありがとうございました。男の家政夫と一緒に住むなんて、そう簡単に決心できることではないでしょう。」

そう、男の入居家政夫を雇うとか、簡単にできることではない。それでも、その当時の自分にはそれなりの理由があった。

「私はただ、自分が偏見を持つ人間でいたくなかっただけです。」

「それでも、林渡はとても今楽しいと言ってます。実家では私もそれなりに気を遣ってましたけど、やっぱり居心地が悪かったようで。でも、今はすごく幸せそうに見えます。だから峯野さんも、幸せになってほしいです。可能なら、林渡も一緒に。」

(一緒に…?)


意味深な笑みを残して、雛田さんが立ち上がった。彩響も同じく立つと、雛田さんは頭をペコリと下げた。


「私はもう帰りますけど、峯野さんはどうされますか?」

「あ、私は林渡くんの病室に一回戻ってから帰ります。」

「分かりました。では、また何かあったら連絡ください。」