(入居家政夫とかするには若すぎると思ったけど、まさか家出していたとは…。)
最寄り駅から家に帰る途中、彩響はぼんやりと空を見上げた。オレンジ色に染まったきれいな夕焼けを見ながら、今日の出来事を振り返る。
お兄さんの前では色々偉そうに言ったけど、やはり「家出」という単語はどうしても気になった。とはいえ、自分が本人にあれこれ言う立場でもなく…。
いろんな考えで頭がいっぱいになる頃、ふと鞄の中に入っていた紙が見えた。数日前、入れっぱなしでそのままにしておいた林渡くんの学校のパンフレットだった。
(オープンキャンパス、か…。)
ページを捲り、うちの家政夫くんの写真が載っているページを開ける。普段見る顔と特に変わりのない様子だったけど、今はその顔が少し悲しく見えた。これは今日色々と話を聞いてしまったせいか、それとも…。
(日付は、来週の火曜日。)
パンフレットを見ていた彩響は、しばらく悩み、最後には自分のスマホを取り出した。余計なお世話かもしれないけど、やはり林渡くんが学校ではどんな様子なのか気になる。そう思った彩響は印刷物のQRコードを読み込み、自分の情報を入力した。
そして、オープンキャンパスの当日。
学校の正門で案内されるまま、彩響は講堂の席に座った。そして貰った学校の資料を見ながら、周りの人達を観察する。周りの雰囲気はとても賑やかで、見ているこっちもなんだかワクワクしてきた。
(ここにいる人達は、誰もが料理が好きでいるんだろうな…。)
誰かさんのように、きっと自分たちの「好き」をいかすためここまでやってきたのだろう。そんなことを思っていると、誰かが彩響の肩を叩いた。振り向くと、そこに調理服を着た林渡くんが立っていた。
「彩響ちゃん!来てくれてありがとう!」
「あ…、林渡くん。お疲れさまです。」
「へへ、どう?俺、格好良くない?」
そう言って、林渡くんがモデルのようにくるっと回る。まあ、たしかに今の姿は素敵だけど…素直になれず、彩響は誤魔化した。
「ええ、まあ…。」
「なんだよ、つまんないな。まあ、いいけど。じゃあ早速行きますか!」
「え?行くって、どこに?」
「決まってるでしょう、一緒に料理するの。今日のメニューはクリームパスタです!作ったあとは試食もできるから。」
「いや、私は料理までは…。」
君の様子が気になって来てみたとは言えず、彩響は戸惑った。しかし林渡くんは彩響の反応には全く構わず、又あの夜のように彩響の手を引っ張った。
「何言ってるの、ここまで来てそのまま帰るなんか、ありえないからね!」
手を握ったまま、二人はそのまま廊下の奥にある部屋に入る。もう中には彩響と同じく参加した人たちが集まっていて、各自エプロンとかをつけて準備していた。林渡くんは空いている席に彩響を案内し、早速そこにおいてあったエプロンを彩響の頭からかぶせた。断る暇もなく、腰のリボンまで結んだ林渡くんが満足したように笑う。
「はい、これで完璧。」
「あの、私は本当に料理する気は…。」
「ー雛田くん!もう始まるよ!」
「はーい!じゃ、彩響ちゃん、後は楽しんで。」
他のスタッフに呼ばれ、林渡くんは早足で教室の前に戻った。そこには彼以外にも又同じく白い調理服を着ている人が何人かいて、その雰囲気で彼らが今日のスタッフであることが分かった。しばらくして、先生らしき人が説明を始めた。
「ではみなさん、早速料理を始めます。本日のメニューはクリームパスタです。こだわったスパイスとか使うわけではなく、近所のスーパーで揃えられる材料だけでイタリアンの味を出すのがこのパスタの特徴です。では、まずは手を洗い、お湯を沸かすことから始めましょう。」
その声に、周りの人たちが一斉に手を洗い始める。彩響もその雰囲気に流され一旦手を洗った。でも、その次からはしばらく悩んだ。これを本当にするべきなのか?林渡くんは元気にしているように見えるし、今からでも帰った方がいいのでは?この学校に入学希望をしているわけでもないのに…。こんなことを考えていると、林渡くんが隣へやってきた。
「どうしたの、彩響ちゃん。そこにある鍋でお湯沸かせばいいよ。」
「あの…それが…その…。」
なんて説明すればいいのか分からず、一瞬悩む。彩響は恐る恐る返事をした。
「私、別にこの学校に入学希望しているわけでもないし、興味本位で来てみただけ。こんな気持ちで料理までしたら、本気でこの学校受ける人たちに申し訳ない…と思うの。」
「なんだ、そんなことかよ。」
「…え?」
「彩響ちゃん、以前オムライス作ったこと覚えてる?」
彩響の言葉を聞いた林渡くんは、その言葉を軽く無視して鍋を渡す。なによ、彼の意図がますます分からない。林渡くんはいつもと変わらない顔で、話を続けた。
「別に学校に入ってほしいと思ってないよ。ただ、少しの間だけでもいいから、彩響ちゃんになにかを楽しむ時間を過ごしてほしいの。だって、彩響ちゃんって家と職場行ったり来たりだけで、趣味もなにも持ってないんでしょう?」
「それは、社会人だから…。」
「以前オムライス作ったとき、彩響ちゃんすごいいい顔していたよ。俺、それが又見たい。仕事に疲れて表情固くなってるんじゃなくて、なにかを楽しくやってる彩響ちゃんが。」
(「楽しく」…。)
林渡くんの話に、オムライスを作ったときのことを思い出した。そうだ、たしかにあれはいい経験だった。なにも考えずにただただお金を稼ぐことだけを考えてきた自分にとっては、とても新鮮な刺激になった。
「料理ってすごい不思議な力があるの。調理の過程でもそうだし、出来上がったものを食べると、嫌なことを忘れさせてくれるの。もちろん、俺の作ったものを食べて美味しいと言ってくれるのを見ると、とても幸せになる。そんな気持ち、きっと彩響ちゃんも分かるようになるよ。だからまずは、やってみない?」
そう言って、林渡くんが手をこっちへ出す。なんだか色々と言われて妙な気分になったけど、不思議と以前のように「クソガキが偉そうに…」とかは思えなかった。むしろ、心がときめく。これはさっき林渡くんが言っていた「料理の不思議な力」なのか、それともー
彩響は手を出し、差し出された手を取った。林渡くんが満足したように笑った。
「よっし、では早速始めますか!」
最寄り駅から家に帰る途中、彩響はぼんやりと空を見上げた。オレンジ色に染まったきれいな夕焼けを見ながら、今日の出来事を振り返る。
お兄さんの前では色々偉そうに言ったけど、やはり「家出」という単語はどうしても気になった。とはいえ、自分が本人にあれこれ言う立場でもなく…。
いろんな考えで頭がいっぱいになる頃、ふと鞄の中に入っていた紙が見えた。数日前、入れっぱなしでそのままにしておいた林渡くんの学校のパンフレットだった。
(オープンキャンパス、か…。)
ページを捲り、うちの家政夫くんの写真が載っているページを開ける。普段見る顔と特に変わりのない様子だったけど、今はその顔が少し悲しく見えた。これは今日色々と話を聞いてしまったせいか、それとも…。
(日付は、来週の火曜日。)
パンフレットを見ていた彩響は、しばらく悩み、最後には自分のスマホを取り出した。余計なお世話かもしれないけど、やはり林渡くんが学校ではどんな様子なのか気になる。そう思った彩響は印刷物のQRコードを読み込み、自分の情報を入力した。
そして、オープンキャンパスの当日。
学校の正門で案内されるまま、彩響は講堂の席に座った。そして貰った学校の資料を見ながら、周りの人達を観察する。周りの雰囲気はとても賑やかで、見ているこっちもなんだかワクワクしてきた。
(ここにいる人達は、誰もが料理が好きでいるんだろうな…。)
誰かさんのように、きっと自分たちの「好き」をいかすためここまでやってきたのだろう。そんなことを思っていると、誰かが彩響の肩を叩いた。振り向くと、そこに調理服を着た林渡くんが立っていた。
「彩響ちゃん!来てくれてありがとう!」
「あ…、林渡くん。お疲れさまです。」
「へへ、どう?俺、格好良くない?」
そう言って、林渡くんがモデルのようにくるっと回る。まあ、たしかに今の姿は素敵だけど…素直になれず、彩響は誤魔化した。
「ええ、まあ…。」
「なんだよ、つまんないな。まあ、いいけど。じゃあ早速行きますか!」
「え?行くって、どこに?」
「決まってるでしょう、一緒に料理するの。今日のメニューはクリームパスタです!作ったあとは試食もできるから。」
「いや、私は料理までは…。」
君の様子が気になって来てみたとは言えず、彩響は戸惑った。しかし林渡くんは彩響の反応には全く構わず、又あの夜のように彩響の手を引っ張った。
「何言ってるの、ここまで来てそのまま帰るなんか、ありえないからね!」
手を握ったまま、二人はそのまま廊下の奥にある部屋に入る。もう中には彩響と同じく参加した人たちが集まっていて、各自エプロンとかをつけて準備していた。林渡くんは空いている席に彩響を案内し、早速そこにおいてあったエプロンを彩響の頭からかぶせた。断る暇もなく、腰のリボンまで結んだ林渡くんが満足したように笑う。
「はい、これで完璧。」
「あの、私は本当に料理する気は…。」
「ー雛田くん!もう始まるよ!」
「はーい!じゃ、彩響ちゃん、後は楽しんで。」
他のスタッフに呼ばれ、林渡くんは早足で教室の前に戻った。そこには彼以外にも又同じく白い調理服を着ている人が何人かいて、その雰囲気で彼らが今日のスタッフであることが分かった。しばらくして、先生らしき人が説明を始めた。
「ではみなさん、早速料理を始めます。本日のメニューはクリームパスタです。こだわったスパイスとか使うわけではなく、近所のスーパーで揃えられる材料だけでイタリアンの味を出すのがこのパスタの特徴です。では、まずは手を洗い、お湯を沸かすことから始めましょう。」
その声に、周りの人たちが一斉に手を洗い始める。彩響もその雰囲気に流され一旦手を洗った。でも、その次からはしばらく悩んだ。これを本当にするべきなのか?林渡くんは元気にしているように見えるし、今からでも帰った方がいいのでは?この学校に入学希望をしているわけでもないのに…。こんなことを考えていると、林渡くんが隣へやってきた。
「どうしたの、彩響ちゃん。そこにある鍋でお湯沸かせばいいよ。」
「あの…それが…その…。」
なんて説明すればいいのか分からず、一瞬悩む。彩響は恐る恐る返事をした。
「私、別にこの学校に入学希望しているわけでもないし、興味本位で来てみただけ。こんな気持ちで料理までしたら、本気でこの学校受ける人たちに申し訳ない…と思うの。」
「なんだ、そんなことかよ。」
「…え?」
「彩響ちゃん、以前オムライス作ったこと覚えてる?」
彩響の言葉を聞いた林渡くんは、その言葉を軽く無視して鍋を渡す。なによ、彼の意図がますます分からない。林渡くんはいつもと変わらない顔で、話を続けた。
「別に学校に入ってほしいと思ってないよ。ただ、少しの間だけでもいいから、彩響ちゃんになにかを楽しむ時間を過ごしてほしいの。だって、彩響ちゃんって家と職場行ったり来たりだけで、趣味もなにも持ってないんでしょう?」
「それは、社会人だから…。」
「以前オムライス作ったとき、彩響ちゃんすごいいい顔していたよ。俺、それが又見たい。仕事に疲れて表情固くなってるんじゃなくて、なにかを楽しくやってる彩響ちゃんが。」
(「楽しく」…。)
林渡くんの話に、オムライスを作ったときのことを思い出した。そうだ、たしかにあれはいい経験だった。なにも考えずにただただお金を稼ぐことだけを考えてきた自分にとっては、とても新鮮な刺激になった。
「料理ってすごい不思議な力があるの。調理の過程でもそうだし、出来上がったものを食べると、嫌なことを忘れさせてくれるの。もちろん、俺の作ったものを食べて美味しいと言ってくれるのを見ると、とても幸せになる。そんな気持ち、きっと彩響ちゃんも分かるようになるよ。だからまずは、やってみない?」
そう言って、林渡くんが手をこっちへ出す。なんだか色々と言われて妙な気分になったけど、不思議と以前のように「クソガキが偉そうに…」とかは思えなかった。むしろ、心がときめく。これはさっき林渡くんが言っていた「料理の不思議な力」なのか、それともー
彩響は手を出し、差し出された手を取った。林渡くんが満足したように笑った。
「よっし、では早速始めますか!」