「両親は弟のことをとても心配しています。でも、弟も頑固なもので、絶対連絡なんかしたくないと言うんですね。なので峯野さんから弟に、実家に連絡するよう一回話をしてくれませんか?聞く限り、林渡は峯野さんの言葉なら無視はしないと思いますので、きっと…。」
「あの…お言葉ですが。」
ずっと聞いていると、イライラしてきた。いきなり現れ色々言われるのも驚きだけど、なによりこの人のこの態度が気に入らない。これは昔の自分のことを思い出したから…だけではなく、短い間だけど林渡くんのことを見守ってきた身として、黙ってはいられなかった。
「お兄さんは良い意図で私にこんなことを仰るのかもしれませんが、私はそうは思いません。林渡くんはうまくやってます。お兄さんから見たらまだ幼い子供にしか見えないかもしれませんが、彼なりに誠実に勉強も仕事も頑張っていると思います。そんな彼が実家に連絡したくないと決めているのなら、私からはなにも言いようがありません。」
「ですが、我々はやはり心配で…。」
「そんなに心配なら、実家で一緒に過ごしていた頃からお兄さんの方で林渡くんを支えてあげるべきだったのではありませんか?詳しいことは知りませんが、もう林渡くんは成人で、家を出るのも連絡をしないのも、全部自分が判断してそうしているのでしょう。もう少し弟のことを信じてあげたらどうですか?家族なら。」
刺々しい言葉を吐き出して、すぐ後悔する。実はこれはただの八つ当たりで、今言っている言葉はすべて自分の話だ。「家族ならもうちょっと信じて欲しい」とか、「成人なら自分で判断できるはずだ」とか。本当にこれを言う相手は別にいるのに、つい感情移入しすぎてしまった。しかしもう口から出た言葉を回収することはできないため、彩響はそのまま相手の様子を探った。
こんな反応は予想していなかったのか、雛田さんは結構驚いた様子だった。彩響がソワソワする中、やがてその顔は徐々に変わり、最後には微笑みにたどり着いた。
「峯野さんはとてもいい人ですね。知ってはいましたが、改めて確信しました。」
今回驚いたのは彩響の方だった。感情を隠せず目を丸く開けると、雛田さんが又ニッコリ笑った。
「峯野さんが仰るとおり、私は兄としてきちんと弟の面倒を最後まで見てあげられなかったことに責任を感じています。だから、自分なりにできるだけのことをしてあげたいと思っていたのです。アルバイトをするのはいいのですが…流石に若い女性の家で寝泊まりするのはよくないと思っていたので、私の所へ来ないくらいなら、実家に戻るか、一層ひとり暮らしでも始めた方がいいと説得する予定だったのですが…。今日考えが変わりました。」
「では…」
「私からしたらまだ幼い弟ですけど、21だと世間では立派な成人ですよね。なので、これから私も弟の意思を尊重するようにします。そして両親にももっとじっくり待つよう、私から言っておきます。」
「あの、大丈夫ですか?今更ですが、先程は勝手に色々言ってしまってすみません。お兄さんはお兄さんなりの理由で林渡くんに実家に連絡して欲しかったのでは…。」
「理由はあります。親子同士、できれば仲良くやってほしいと思うのが普通でしょう。しかし、私は林渡にも自分なりの理由があることを理解しています。なので、今回は待ちます。彩響さんが仰ったとおり、私達は『家族』ですから。」
そう言う雛田さんの目はとても優しくて、暖かくて、心から弟のことを考えていることが伝わってきた。そして同時に、彩響は心臓の奥底がうずくのを感じた。今まで一回も兄弟なんかいて欲しいと考えたことはないけど、今は素直にこんな兄を持つ林渡くんが羨ましいと思った。もし、自分にもこうしてお互いを思える兄弟とかがいたら、大変だった人生を少しは気楽に生きてくることができただろうか。
「そして、なにより…林渡本人が今の職場から離れたくないらしいので。」
「え?」
「林渡が言ってました。『自分はとてもいい環境で働いている。だから心配はいらない』。その環境というのは、きっと彩響さんのことでしょうね。弟は彩響さんのことをすごい好きだと思います。」
又想像もしなかったコメントがやってきて、彩響は慌ててしまった。いや、一体この兄弟はなんの話をしているんだ…?表情を隠せない彩響を見て、雛田さんがくすくす笑う。その笑い声を聞くと、なぜか顔が赤くなるのだった。しばらくそう笑っていた雛田さんが、こっちへ手を差し出した。
「彩響さん、では改めて…林渡のこと、これからも宜しくお願いします。」
「…はい、こちらこそ。」
彩響はその手を握り、二人は握手を交わした。最後まで礼儀正しい人だなーということが伝わってきて、彩響は更に林渡くんが羨ましいと思った。
「あの…お言葉ですが。」
ずっと聞いていると、イライラしてきた。いきなり現れ色々言われるのも驚きだけど、なによりこの人のこの態度が気に入らない。これは昔の自分のことを思い出したから…だけではなく、短い間だけど林渡くんのことを見守ってきた身として、黙ってはいられなかった。
「お兄さんは良い意図で私にこんなことを仰るのかもしれませんが、私はそうは思いません。林渡くんはうまくやってます。お兄さんから見たらまだ幼い子供にしか見えないかもしれませんが、彼なりに誠実に勉強も仕事も頑張っていると思います。そんな彼が実家に連絡したくないと決めているのなら、私からはなにも言いようがありません。」
「ですが、我々はやはり心配で…。」
「そんなに心配なら、実家で一緒に過ごしていた頃からお兄さんの方で林渡くんを支えてあげるべきだったのではありませんか?詳しいことは知りませんが、もう林渡くんは成人で、家を出るのも連絡をしないのも、全部自分が判断してそうしているのでしょう。もう少し弟のことを信じてあげたらどうですか?家族なら。」
刺々しい言葉を吐き出して、すぐ後悔する。実はこれはただの八つ当たりで、今言っている言葉はすべて自分の話だ。「家族ならもうちょっと信じて欲しい」とか、「成人なら自分で判断できるはずだ」とか。本当にこれを言う相手は別にいるのに、つい感情移入しすぎてしまった。しかしもう口から出た言葉を回収することはできないため、彩響はそのまま相手の様子を探った。
こんな反応は予想していなかったのか、雛田さんは結構驚いた様子だった。彩響がソワソワする中、やがてその顔は徐々に変わり、最後には微笑みにたどり着いた。
「峯野さんはとてもいい人ですね。知ってはいましたが、改めて確信しました。」
今回驚いたのは彩響の方だった。感情を隠せず目を丸く開けると、雛田さんが又ニッコリ笑った。
「峯野さんが仰るとおり、私は兄としてきちんと弟の面倒を最後まで見てあげられなかったことに責任を感じています。だから、自分なりにできるだけのことをしてあげたいと思っていたのです。アルバイトをするのはいいのですが…流石に若い女性の家で寝泊まりするのはよくないと思っていたので、私の所へ来ないくらいなら、実家に戻るか、一層ひとり暮らしでも始めた方がいいと説得する予定だったのですが…。今日考えが変わりました。」
「では…」
「私からしたらまだ幼い弟ですけど、21だと世間では立派な成人ですよね。なので、これから私も弟の意思を尊重するようにします。そして両親にももっとじっくり待つよう、私から言っておきます。」
「あの、大丈夫ですか?今更ですが、先程は勝手に色々言ってしまってすみません。お兄さんはお兄さんなりの理由で林渡くんに実家に連絡して欲しかったのでは…。」
「理由はあります。親子同士、できれば仲良くやってほしいと思うのが普通でしょう。しかし、私は林渡にも自分なりの理由があることを理解しています。なので、今回は待ちます。彩響さんが仰ったとおり、私達は『家族』ですから。」
そう言う雛田さんの目はとても優しくて、暖かくて、心から弟のことを考えていることが伝わってきた。そして同時に、彩響は心臓の奥底がうずくのを感じた。今まで一回も兄弟なんかいて欲しいと考えたことはないけど、今は素直にこんな兄を持つ林渡くんが羨ましいと思った。もし、自分にもこうしてお互いを思える兄弟とかがいたら、大変だった人生を少しは気楽に生きてくることができただろうか。
「そして、なにより…林渡本人が今の職場から離れたくないらしいので。」
「え?」
「林渡が言ってました。『自分はとてもいい環境で働いている。だから心配はいらない』。その環境というのは、きっと彩響さんのことでしょうね。弟は彩響さんのことをすごい好きだと思います。」
又想像もしなかったコメントがやってきて、彩響は慌ててしまった。いや、一体この兄弟はなんの話をしているんだ…?表情を隠せない彩響を見て、雛田さんがくすくす笑う。その笑い声を聞くと、なぜか顔が赤くなるのだった。しばらくそう笑っていた雛田さんが、こっちへ手を差し出した。
「彩響さん、では改めて…林渡のこと、これからも宜しくお願いします。」
「…はい、こちらこそ。」
彩響はその手を握り、二人は握手を交わした。最後まで礼儀正しい人だなーということが伝わってきて、彩響は更に林渡くんが羨ましいと思った。