「では、詳しい話はお二人で。私はしばらく外出してくるよ。」
Mr.Pinkはそう言って、部屋に二人を残して出ていった。彩響はソファーに座り、相手の顔をジロジロ見続けた。
(そうか、この人が…。)
お兄さんがいるってことは聞いていたけど、直接会うことになるとは。いや、それにしても、兄弟にしてはあまりに顔だちも雰囲気も違う…よう…な?こんなことを考えていると、向こうがまたお人好しの笑顔で声をかけてきた。
「来てくださってありがとうございます、峯野さん。峯野さんのことは弟から色々と聞いています。とても仕事熱心で、素敵なお方だと。ただ、インスタントばっか食べて食習慣は最悪だとか。」
全く、余計なことを…。口には出さなかったが、彩響の表情から言いたいことを把握した雛田さんが声を出して笑った。
「まあまあ、食習慣はさておいて…弟が人を褒めることはなかなかないので、どんなお方なのか気になっていました。そして、やはり弟が言ってた通りですね。」
「え?ええ…。どうも。」
顔は似てないけど、この喋り方はやはり林渡くんと似ている気がする。ノリノリというか、人への接し方がとても自然というか…。林渡くんの方がもう少し軽々しくてすぐ調子に乗ってしまう傾向があるけど。こんなことを考えつつ、彩響が質問した。
「あの、雛田さん。それで、今日はどのようなご用件で…?」
その質問に、雛田さんの顔が急変し、今までの柔らかい顔とは全く違う表情になる。そしてしばらくして、やっとなにかを決心したように口を開いた。
「実は、峯野さんに折り入って頼みがございます。」
「私にですか?」
「そうです。あの…言いづらいですが、林渡は今家出をしています。」
「…え?!」
「家出」とは、意外すぎる単語が来たものだ。彩響の反応を予想したかのように、雛田さんが言葉を続ける。
「やはり峯野さんには言ってないんですね。言葉通りです。林渡は現在家出中です。」
「いや、でも…確かお兄さんが結婚することをきっかけにひとり暮らしをすることになったと…。」
「正確にはこうです。私達は4人家族で、実家で一緒に住んでいました。そして、私が結婚することになり、家を出ていくことになったのですが…。その後家で親とちょっと揉めて、しばらく私の所へくるように誘ったんです。そしたらそのまま誰にも知らせずに家を出ました。その後何回も家に戻ってくるよう説得しましたけど、やはり聞いてくれなくて…。」
ー「俺の継母も、ずっと冷たかった。殴ったり暴言を吐いたりはしなかったけど、いつも俺を見る目は冷めていて…。」
以前、林渡くんが言っていたことを思い出す。継母のことを詳しく説明したわけではないが、それでもその時の彼の表情はとても辛そうに見えた。今の話から察すると、きっとお兄さんが出たあと、その継母との関係が悪化して家を出ることしか考えられなかったのだろう。いや、きっともっと前から家を出たいと思っていたはずだ。二十歳の頃ーいや、ずっとずっと前から、彩響自身もそうしたかったように。
「…それで、私に頼みたいこととは?」